ソロモン・グランディ(跡部vs.不二)
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*四話*
不二先輩が、好きだと言った。私を。
夕陽を受けて透ける髪がすぐ目の前にある。私は先輩の真意を汲み取れず、困惑するしかなかった。
「……先輩、お兄ちゃんになってくれる、って……」
不二先輩は僅かに開いた瞳の奥、見たことのない光を宿して無表情になった。
「希々は跡部の話しかしない。兄のようだと言いながら、恋愛感情を抱いているのかわからないと言いながら。君にとって兄が恋愛と信頼の対象なら、僕がその役目を担いたい」
不二先輩は時々意地悪で、でも優しい先輩だ。ただ、いつもどこか自分を隠しているような人だった。この言葉も、理由はわからないが私をからかっているだけだと言われれば納得してしまう。
「わかってるんだろう? 跡部はいつか君の兄じゃなくなる。でも僕なら、君の恋人としてずっと傍にいてあげられる。跡部の愚痴だって聞いてあげる。君が欲しい温もりをあげる」
「…………、」
頬に伸ばされた手は大きくて温かい。
私は先輩の目を見つめて、答えを探した。
「先輩…………私をからかってるんですか? いくら私だって、こんなこと言われた後に冗談だなんて言われたら、傷つきます」
先輩は真顔で続ける。
「僕だって本気の告白を冗談だって思われたら傷つくよ」
「……だって先輩は、モテるじゃないですか」
「そうだね。でもそれは僕の意志とは関係ない」
この部室で、いまだかつてこんな真剣な話をしたことはない。いつだって私が景ちゃんの話をして、先輩はそれを苦笑いで聞いてくれていた。
「……冗談、じゃないなら、先輩は…………私のどこが好き、なんですか……?」
私には、私のいいところなんてわからない。
ずっとずっと、誰にも言わなかった。誰にも言えなかった。
私は私のことが嫌いだった。
景ちゃんの従妹とはいえ藍田家は一般家庭だ。それなのに私と関われば景ちゃんに近付けると思う人間が、私の周りには集まってくる。
初めて“私”ではなく“跡部景吾の従妹”として必要とされている、と知ったのは幼い頃。自分の存在意義を失った私は疑心暗鬼になった。
“私”を必要として仲良くしてくれていた親友のことさえ信じられなくなった。
彼女を傷つけた時から、私は友達を作らなくなった。
友達なんかいらない。景ちゃんがいればいい。裏切られるくらいなら誰も信じない。景ちゃんのチームメイトが仲良くしてくれる。
私は、誰かの言葉を信じることができない。そんな弱い自分が嫌いだ。景ちゃんはたぶん、何となくそれに気付いている。その上で私を大事にしてくれている。だから私は、景ちゃんには全幅の信頼を寄せている。
だけど、不二先輩は違う。
たぶんこの人は、私に似ている。
心の奥底にあるものを見せることを、怖がる人。
「……希々は、覚えてるかな? 君が初めて部室の前で見ていた写真」
私は頷く。私がこの部活に入るきっかけになった、海辺の写真。
「君はあの写真を『綺麗だけど寂しい』と言った。僕は最初、その言葉は跡部を指しているんだと思っていた。…………でも、違う」
不二先輩の真摯な瞳から、目が逸らせない。
「あれは…………君自身を指して言った言葉だ」
「……!」
息を飲んだ。
「……君だって、一般的に見ればモテてるじゃないか。僕も君を紹介してくれと言われたことがある。断ったけどね。……告白されても……心が満たされないなら、それは僕にとっての幸せじゃない」
私は何も言えなくなる。その通り、だった。
男の人は女の子より信用できない。私が可愛いから好きになって勝手に恋愛沙汰を起こして、私からどんどん女友達を遠ざける。
寂しくて友達を作ろうとしたことは何度もあった。でも私が関わると、誰かの恋が消えたり拗れたりする。だから女の子は私と距離を置く。
友達なんかいらない。そう思っていないと耐えられなかった。友達になってくれる人がいない、という事実に。
私は孤独だった。その孤独を、景ちゃんに甘えることで埋めようと必死になっていた。
「……君は僕と、同じだと思った」
不二先輩の声は、温度を持たない。
「綺麗だけど、寂しい。誰にモテようが羨まれようが、心の欠落が埋まらない」
「せん、ぱい…………」
今初めて、先輩は心の奥にある傷を晒そうとしている。私は咄嗟に先輩に抱きついていた。
「先輩、ごめんなさい! もう、言わなくていいから……!」
そこを誰かに見せることがどれだけ怖いか、私は知っている。
そこを誰かに見せるのにどれだけ勇気が要るか、私は知っている。
不二先輩は私を強く抱きしめて、髪に顔を埋めた。
「僕が君を好きなのは、君が僕に似ているからだよ。似ているから…………放っておけない。他の奴に傷つけられたくない。…………わかってくれるかな……?」
私は何度も頷いた。
「ごめ、先輩、疑ってごめんなさい……!」
不二先輩は掠れた声で言う。
「君に僕の言葉が届くなら…………いくらでも傷付くよ。いくらでも、痛みを受け入れるよ」
先輩は私よりずっと背が高くて大きいのに、今は小さく見えた。私が守ってあげなければと思った。
「……好きだよ。君が好きだ。君の誕生日に…………返事が欲しい」
「、」
そう、だ。
先輩の告白が嘘じゃないなら、私は返事をしなければならない。
だけど、でも。
思考がまとまらない。
「跡部じゃなくて…………僕を選んで、希々」
いつになく頼りない声に、抵抗できない。
私に似ているのなら、きっと先輩も自分のことが好きじゃない。こんなに完璧に見えるのに。
王子、なんて呼ばれているのに。
わかってる。端から見て幸せそうでも、本当に当人の幸せかはわからない。
モテることが幸せだという人もいるかもしれないけれど、私は違う。私は好きな人に好きだと言ってもらえるなら、他の誰に好かれなくてもいい。きっと不二先輩も、同じ。
そしてその先輩の好きな人は、私、だという。
私の頭の中で景ちゃんと不二先輩が入れ代わり立ち代わり、浮かんでは消えていく。
「……希々…………」
身体に回されていた腕が解かれて、頬を包まれる。
あの海辺みたいな瞳に、とらわれて。
「好きだよ……」
吐息が鼻先を掠めて。
「……希々、好きだよ……」
唇が塞がれる。
初めてのキスは、味なんてしなかった。