ソロモン・グランディ(跡部vs.不二)
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*二話*
ずっと、何よりも大切だった。
だから守ってきた。その笑顔が曇ることのないよう。側にいて手を引いて一緒にいた。たった一つの約束のために。
幼い頃、希々は確かに俺に恋をしていた。しかし成長するにつれ、その感情は形を変えていった。隣で見続けている俺には、耐え難いその変化がよくわかった。俺を兄のように慕う希々を見て、漠然と考えた。
どうしたら、再び男として意識されるか。
答えはすぐに出た。簡単だ。俺がいい男になればいい。
俺は自分が希々の初恋の相手だと知っている。きっかけさえあれば、その感情にもう一度火をつけられる自信があった。
そのために、知識を蓄えた。体力をつけた。成果を出した。地位を手に入れた。そして、経験を積んだ。俺と付き合いたいという女は山程いた。俺と付き合っている、というステータスが欲しいだけの女もいた。別にそれでよかった。
俺の価値基準は一つ。揺らいだことはない。
むしろ希々に想いを告げる時、交際経験が全くないなんて逆に希々を不安にさせてしまうかもしれない。それならば、と数人と付き合った。
女がもらって喜ぶものや行きたい場所などを考える、いい勉強になった。
まぁ、彼女との約束より希々との約束を優先したし、デート中だろうが希々から連絡が入ればすぐに会いに行ったから、もしかしたら希々は俺に彼女がいたことがある、という事実すら知らないのかもしれない。
知られても困らないし隠すつもりもない。
俺の想いは変わっていない。
母親同士の会話を背景に。薔薇の咲く庭園の隅で、
「景ちゃん!」
抱きついてくる希々を抱き返して、こめかみに口づける。
「どうした?」
「……景ちゃん、結婚しちゃう?」
不安げに見上げてくる瞳が愛しくて、俺はもう一度抱きしめた。
「見合いの話は断ったって言ったろ?」
俺の背に回された細い腕に、力が入る。
「……でも、結婚した方が跡部の家にいいことあるなら、景ちゃん、結婚しちゃうんじゃないかって……」
跡部の家なら自力ででかくする。というか、でかくする必要がない。希々が望むなら全力で取り組むが、欲の無いこの従妹がそれを望むとは思えない。
「……ばーか」
それでも、俺の結婚を嫌だと思ってくれたことが嬉しかった。
「……希々。あと二週間でお前の20歳の誕生日だろ?」
希々は、ぱっと明るい笑顔で頷く。
「うん! 景ちゃんが覚えててくれてうれしい!」
忘れるわけがない。
俺は希々の髪を撫でて、微笑んだ。
「希々の20歳の誕生日……俺に祝わせてくれるか?」
「あ…………」
一瞬翳った横顔に、嫌なものを感じ取る。
「えと、不二先輩が一緒に水族館行こうって誘ってくれたの」
「…………不二? 不二周助か?」
「うん!」
そういえばあいつは希々と同じ写真部だった、と思いながら苦い気分になる。誕生日にデートに誘うなんて、あいつも希々に気があるのか。いや、不二の場合この間の試合で俺に負けた腹いせ、という可能性を捨てきれない。
「二人で行くのか?」
「うん。一人で行くのが寂しいから、一緒に行ってほしいって言われたの。その日私の誕生日だ、って言ったら、じゃあお礼にお祝いもしてあげるよって。不二先輩、優しいよね!」
あの腹黒王子、何を考えてやがる。一人で行くのが寂しいだ?
お前が一声かければ女なんて群がってくるだろうが。なんでわざわざ希々に白羽の矢を立てた。
俺と同じテニスサークルに所属しながら、大学には珍しい写真部、なんて部活を立ち上げた。かと思えば不二は、自分目当てで殺到する入部希望者を大学権限で一蹴した。実質写真部は不二が一人になれる憩いの場だったのだろう。
サークルは自由に作ることができるし、入る時も大学側の承認は必要ない。それに対し“部”という存在は少なからず大学の名を背負うことになるため、何かしらの功績がない限り設立が認められない。そして一度部活動として認められれば、新しい人間が入部するためには大学側の承認が必要となる。不二が写真のコンクールに出ていたと知ったのはその時だった。
奴が写真部を作ったのは静寂のため、そこに齟齬はないだろう。しかし誰一人入部を認めていなかった不二が、希々の入部だけは認めた。その意味を俺は深読みしているのだろうか。
希々はそれこそ小学生の頃から俺の試合の応援に来ていたから、不二は希々のことを知っていただろう。俺の従妹、として。
希々は、中学高校と俺のいる氷帝の応援に来ていた。部内でも過保護に扱われていたから青学の不二と接点なんてないはずだ。どこかの試合で顔見知り程度にはなっていたかもしれないが、大学以前で希々の口から不二の名前を聞いたことはない。
希々は会うたび、自分の近況全てを俺に教えてくれていた。初めて彼氏ができたと聞いた時は理性を失いかけた。が、告白されたことがうれしくて付き合いだしただけだと聞いて、何とか理性の手綱を引き寄せたのは記憶に新しい。そいつともすぐに別れたと聞いているし、ファーストキスはどんな味なのかと訊いてくる以上、希々はキスをしたこともないんだろう。不二と何かあれば、あるいは不二に対し特別な感情を抱いたなら、間違いなく俺に報告して助言を求めるはずだ。
俺が気になるのは不二の方だった。柔和な顔立ちに反してあいつは何を考えているか全く読ませない。
不二は何故希々の入部を認めた?
俺の従妹に、単に興味が湧いたからか?
それとも以前から不二は希々を特別な目で見ていたのか?
深みに嵌りそうになった時。
ふ、と俺の頬に手が伸ばされた。
「景ちゃん、どうしたの? 難しい顔してる」
頼りない指先に、俺は意識を希々へと戻した。
そうだ。不二がどういうつもりだろうと、俺が先手を打てばいい。
「わかった。昼間は不二に譲る。ただ……」
絶対に譲れない。
「前日夜からうちでパーティーだろ? 日付が変わる瞬間は、俺に祝わせてくれ」
希々は屈託のない笑顔で大きく頷いた。
「うんっ!」
母親同士が、俺たちを見て本当の兄妹のようだと笑っている。
兄。そんなもので満足する気はない。
俺が俺であるもの全てを構築してきたのは、希々への想いだ。
狂おしいほどの愛を伝えて来なかったのは、ひとえに希々が未成年だったから。俺はこの想いを口にしても、未成年相手なら手を出さないと約束できるほど自制心の強い人間ではない。
「希々…………」
「景ちゃん?」
髪を撫でても抱きしめても、顔色一つ変えない。
でも、滑らかな頬に触れるとかすかに目を見開く。
意識、されているのかされていないのか、俺にもわからない。
柔らかそうな唇を奪いたくなる衝動を抑え、その桜色をそっと親指の腹でなぞる。
「っ、け、いちゃん…………?」
肩を震わせた希々に苦笑して、すっと離れる。
「……何でもない」
怖がらせたいわけじゃない。
くるりと背を向ければ、後ろから飛びついてくる。許可など得ずに――許可などいらないと知っているから、手を握ってくる。家が近いからと言って、会いたい時に勝手に部屋に上がりこんでいる。
そんな自由気ままな従妹を、俺はどうしようもないくらい好きだと思うから、どうしようもないくらい甘やかしてしまうのだった。