ウィー・ウィリー・ウィンキー(跡部)
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*八話*
あとべは私が好きだと言う。
だからと言って何が変わるわけでもない。
私は今まで通り生徒会室に入り浸り、ソファで昼寝をしたり恋愛小説を読んだりしている。
今日は書類の整理をするあとべを眺めていたら、いつの間にかうたた寝していたらしい。
温かな手のひらを感じて目を開けると、優しい顔のあとべが私の髪を撫でていた。
「…………あとべ」
「悪い、起こしたか?」
「……んーん。気持ちいー……」
しばらく微睡みの中を揺蕩う。あとべはずっと一定のリズムで私の頭を撫でてくれる。
思えばあとべはずっと私に優しかった。
「…………ねぇ、あとべ」
「ん?」
「あとべは誰にでもこんな風に優しいの?」
一瞬あとべの手が止まった。かと思えば、何やらやけに嬉しそうに私を見下ろす。
「……俺が他の奴に優しくしてたら、嫌か?」
私は眉間に皺を寄せて考えた。
「…………あとべが優しいのは事実だから、それはいい。でもこうやって撫でるのは、他の人にもしてるなら…………なんか……嫌」
あとべは少し乱暴に私の髪をぐしゃぐしゃにした。
意味がわからなくて見上げたあとべの耳は、少し赤かった。
「あとべ?」
「……っあんまり可愛いこと言うな。我慢できなくなるだろうが」
「? 何の我慢?」
あとべは強い力で私を抱き上げた。あとべの脚の上に座る形になって、距離が近付く。
「……俺が希々に好きだっつった時、希々は訊いたよな。俺はどんな気持ちで、お前に何をしてほしいのかって」
「うん」
あとべは私の頬を指先でくすぐる。ペットを愛玩するような動きとは真逆に、視線は私を捕らえて離さない。
「俺は……お前に近付きたい。もっと触れ合っていたい。隔てるもの全部とっぱらって」
「……?」
「……俺は希々とキスがしたい」
キス。
よく恋愛小説に出てくる愛情表現。
私は「いいよ」と答えた。すでに二度もしているし、相手があとべなら嫌じゃない。
でもあとべは、どこか寂しそうに笑った。
「……もしお前が、教室で普通の青春を送る道を選んでいたら――――……」
「?」
「……いや、何でもねぇ。起こして悪かったな。寝てていい」
「…………」
うまく言えない。もやもやする。
キスがしたいならすればいいのに。
触れ合いたいならくっつけばいいのに。
あとべは何で悲しそうな顔するの?
「…………あとべのばか」
「あん? いきなり何だ」
「あとべのばか! あとべのそういう顔、見たくない!」
私は自分からあとべに歩み寄り、あとべの仕草を真似て唇を塞いだ。
「……っ!」
びっくりするあとべなんか知らない。体温の高い逞しい身体にぎゅっと抱き着いた。
「他に何がしたいの。ちゃんと言ってよ。好きがあるとあとべが遠くに行っちゃうなら、私は好きなんて要らない。あとべのことわかんない。あとべが笑ってても悲しそうだと嬉しくない!」
あとべはいつも私を甘やかしてくれていた。その表情が優しくてあったかくて好きだった。
優しくしてくれても頭を撫でてくれても何を我慢してくれても、あとべの顔が悲しいなら私は嫌だ。
こんな気持ち知らない。
心臓の辺りより少し真ん中が、痛いような息苦しいような変な感覚。
「……あとべのばか」
不意に、目頭が熱くなった。
「……っあとべのばかぁ…………っ!」
「希々、」
「あとべなんかだいっきらいー……っ!!」
泣くなんて、いつぶりだろう。一度溢れたら止まらないのが涙だ。子供の頃以来の衝動を自身で消化しきれず、私は顔を両手で覆って泣きじゃくった。
「希々……っ」
強く抱きしめられる。
だけどそんなこと知らない。
理由はわからないけど、心臓付近が痛い。あとべのせいだ。あとべのばか。
「希々……頼む、泣かないでくれ」
私だって別に泣きたいわけじゃない。泣くつもりだってなかった。止め方がわからないのだからどうしようもない。
「……希々」
「なに、――」
額にキスが落とされた。驚いて泣き顔のままあとべを見上げる。
「……好きだ、希々。だから……俺のこと、嫌いだなんて言わないでくれよ…………」
「あと、べ」
「…………俺の気持ちを言葉にすればお前が泣き止むなら、そうする、から……っ」
あとべの綺麗な目も、少しだけ潤んでいた。
「頼むから、嫌いだなんて……言わないでくれ…………っ」
泣いている子供を泣き止ませるためには他の子供が泣いている動画を見せるといい、という検証論文が頭の隅を過った。
あとべは泣いてない。でも、気付いた時には私の涙は止まっていた。