ウィー・ウィリー・ウィンキー(跡部)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*七話*
動きを止めた藍田の見開かれた瞳に、俺が映っている。
俺はそっと唇を離して、淡々とこれまでの質問に答えていく。
「最近は忍足に嫉妬した。2年間毎日顔を合わせて勝負してきた俺のことは未だに苗字で呼ぶくせに、初対面のあいつを名前で呼んだから」
一番の山場を越えて、ようやく俺の心臓は落ち着きを取り戻しかけている。
「俺のことも名前で呼んでほしかった」
「、けーご、ってこと……?」
「あぁ」
かちんこちんに固まった藍田を見つめて、もう一度名前を呼ぶ。
「希々」
「!」
「……これからそう呼んでいいか?」
異様に速い瞬きの後、藍田はか細い声で答えた。
「……うん」
手を置いた彼女の肩が強ばっている。それはそうだろう。もしかしたらこれは藍田にとって人生初の経験なのかもしれないのだから。
少なくとも俺にとっては初めてだった。
「……それから、俺は恋愛してるか、だったな。俺は光太郎と同じで片思いだ。少なくとも両思いの恋人はいねぇ」
「、……」
「恋愛のことを理解できないお前にこんなことを言っても、困らせるだけかもしれねぇ。それでも言わせてくれ」
この告白に何の意味もなくても。
伝えたい。
知ってほしい。
俺の気持ちを。
「俺は恋愛対象として藍田が好きだ。……俺はお前が好きだ、希々」
これが一般人相手なら、俺は頬を引っぱたかれるかセクハラ野郎と罵られるか、はたまた恋が実るか意識されるようになるか、そんな結果が待っていただろう。
だが俺は知っている。伊達に長い付き合いではない。藍田希々は、そんな想定内の枠におさまってくれる人間ではない。
「……あとべは、どんな気持ちなの? 私に勝ちたい? 私に何をしてほしい? 私といる時と、他の人といる時と違うところってある?」
俺は苦笑するしかなかった。
藍田の目は再び輝きを取り戻し、矢継ぎ早に問いかけてくる。溢れ出す好奇心。完全に俺は、“恋愛”という研究のモルモットとして認識されているのだろう。
が、突如彼女の顔が翳った。
「……あ、待って。私…………初めてあとべに負けちゃった。もうこのソファで寝ちゃだめだよね……」
そんなに悲しそうな声で俯かれたら、俺の返答なんて決まりきっている。
「ちょっと落ち着け。テンションがジェットコースターだぞ」
「だってあとべが、」
「少し、黙れ」
柔らかな額に口づけると、ぎゅっと目を閉じて藍田は唇を引き結んだ。
俺はなるべく優しく彼女を抱き締めて、ふっと笑う。
「勝負の負けをチャラにしてやる案が、一つだけある。乗るか?」
「! 乗る! 何すればいい?」
黒曜石の瞳は電灯を反射して、若干潤んでいるように見える。
彼女の頬に手を滑らせて、告げた。
「もし藍田が恋愛感情を理解して、もし俺のことを好きになったら…………その時は、俺を名前で呼んでほしい」
「え…………?」
「藍田が恋愛とは関わらず生きていく可能性だって十分にある。その場合は、卒業までいつもの呼び方でいい。ソファも今まで通り使っていい」
一度だけ耳にした、『けーご』という呼び方。舌足らずな声に、胸が苦しい程締め付けられた。いつか彼女が俺を選んでくれたなら、その呼び方を合図にすればいい。きっと藍田は、自分から告白の返事をするなんてできないから。
「、じゃあ、かわりに土下座だけでも……」
俺は笑って藍田をソファに押し倒した。
「土下座はいらねぇから、もう一回だけキスさせてくれねぇか?」
藍田は困惑のあまり口を小さく開け閉めしながら、微かに頷いた。
「……そ、それで贖罪になるなら…………」
思わず軽く吹き出した。こいつの言葉のチョイスは時々面白すぎる。
「…………あぁ。それで贖罪になる」
初めて合意の元でふわりと重ねた唇は、先刻の不意打ちと違い、溶けそうに甘かった。