ウィー・ウィリー・ウィンキー(跡部)
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*六話*
あとべは面白い。私にいろんなことを教えてくれる。
あとべといると楽しい。私にずっと負け続けても、諦めずに勝負を挑んでくれる。
あとべはいい匂いがする。あったかい。くっ付いてると安心する。ソファで寝ている時に髪を撫でてくれる手つきが気持ちいい。
あとべは優しい。私が研究している“恋愛”について一緒に考えてくれて、私に“嬉しい”を教えてくれた。
ゆーしに恋愛小説を見せてもらった日。家に帰って聞いてみたら、私のお母さんとお父さんも“恋愛”して結婚したという。それから私はあとべの本を読んで、どうにか理解しようとした。
頑張る、という行為に近しいものがあったと思う。何故このキャラクターはこの思考に至るのか、何故あのキャラクターは言動が一致しないのか。私の初めての研究対象はなかなかに難解だった。
早熟な子供であれば幼稚園で初恋を体験することは知っている。もちろん恋愛感情を持たない人間が少数存在することも知っているし、LGBTについてだって何万人もの論文が頭に入っている。しかし、そういう問題ではない。恋愛感情があるかないか。それはそもそも“恋愛”がどんなものかわからなければ判断できないのだ。
今でも完全に理解できたわけではないが、多少納得できた。
「ねぇあとべ」
「どうした?」
「あとべがこないだ教えてくれた光太郎の嫉妬、って、みんなが私を羨ましいって言う嫉妬と、同じ?」
あとべは会長席で目を丸くした。
「いきなりどうした?」
「あとべ、こっち来て」
私はあとべを手招きした。言われるまま隣に座ってくれたあとべに抱きついて、お気に入りの匂いを嗅ぐ。今日もいいあとべ臭だ。
「……なんか、違う気がする。自分にはできないことができる相手への嫉妬はきっと羨望に近いけど、光太郎の嫉妬はそういうのじゃない。光太郎は隣の席の男の子に羨望の感情はない、と思う。……私、合ってる?」
あとべはゆっくり私の背中を撫でながら、頷いてくれた。
「そうだな。光太郎の嫉妬は……やきもち、ってやつで…………恋愛の嫉妬、だな」
「それが、『教えたかった』、って気持ちの名前?」
あとべは頷く。
私は不意に浮かんだ疑問を口にした。
「あとべは最近嫉妬、した?」
瞬間、あとべの手が止まった。
あったかい手が背中から離れていく。私は顔を上げてあとべを見た。
「あとべ?」
あとべは不思議な表情で私を見つめ返す。
「…………あぁ。した」
掠れた声が形のいい唇から聞こえた。
「誰に? なんで?」
あとべは答えてくれない。
「嫉妬したってことは、あとべ恋愛してるの? 光太郎は片思いだったけど、あとべは両思いなの? あとべには恋人がいるの?」
あとべは、何も言わない。やけに長い沈黙が流れた。
私は瞬きの間に可能性を百ほど思い浮かべた。
聞かれたくないこと、答えたくないこと、私には話したくないことだったのかもしれない。
自分があとべに甘えていたことに、今初めて気付いた。
「……ごめん。あとべに甘えすぎた」
そう言って、ソファから立ち上がろうとした時だった。
腕を引かれて、あとべに抱きしめられる体勢に戻ってしまう。
「あとべ……?」
「……勝負、しようぜ」
「? いいよ。何で勝負する?」
「簡単なクイズだ」
よくわからなかったが、私は頷いた。クイズでも負けたことはない。
あとべは深呼吸した。あったかいあとべの胸に当たる耳でわかる。何故かあとべの心拍数がどんどん上昇している。あとべ、本当は体調が悪かったのかもしれない。
「あとべ、体調悪いなら保健室に行った方がいいよ」
私が心拍数上昇及び動悸息切れを伴う病を頭に羅列している間。あとべは私の両肩に手を置いた。肩があったかくなる。あとべの体温は別に変わらない。速いのは脈拍だけだ。
「あとべ、」
「イエスかノーかの、簡単なクイズだ。俺が出題する。藍田が答えろ」
あとべの綺麗な目が、真剣に私を映す。私は続く言葉を飲み込んで、こくりと首肯した。
「――――俺は藍田のことが恋愛対象として好きだ。イエスかノーか、どっちだと思う?」
「……、え?」
一殺那、頭が空になった。
「クイズだぜ? 答えろよ。いつもなら1秒とかからねぇだろ?」
「、あ、……うん」
うん、と言っておきながら私は、初めて答えを知らないクイズに出会って戸惑っていた。
だって、どの引出しにも無い。
あとべの身長とか好きな食べ物とか、そういうデータとして形に残るものじゃない。あとべの心は、私にもわからない。
呼吸のタイミングで私は知る限りの可能性を探った。駄洒落、これまで読んだ恋愛小説のパロディ、言葉遊び、アナグラム。
でも、どの道筋にもイエスの答えはない。
「じゃあ……ノー」
確信が持てないクイズなんて初めてだ、と思っていた。あとべは私の初めてをいろいろくれるなぁ、と思っていた。
「……残念、ハズレだ。初めて負けたな、希々」
「何、――――」
――これ、キスっていうんじゃなかったっけ?
初めて名前を呼ばれた。初めて唇を塞がれながら、ふとそう思った。