ウィー・ウィリー・ウィンキー(跡部)
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*五話*
「あとべ、光太郎はなんで怒ってるの?」
「それは主人公の女が、別の男と親しくしてるからだ」
「? 仲良しなのに怒るの?」
「所謂嫉妬ってヤツだ」
「嫉妬……。嫉妬?」
藍田は感情の起伏がほとんどない。悔しいも嬉しいも知らない、と言う言葉通り、それらは彼女にとって体験できないものらしい。しかし藍田は元々知識に貪欲だ。知りたい、という気持ちはそれなりに強い。
藍田は忍足が持ってきた恋愛小説に触れてから、恋愛そのものに興味を持つようになった。彼女はどうやら恋愛を“知らないもの”ではなく“理解できないもの”ととらえたらしい。
目にして読んで、文脈も結末も知っている。なのに登場人物の言動が理解できない。その現象は久しぶりに彼女の知的好奇心を刺激したようだ。
俺が図書室に大量に寄贈した恋愛小説を読んでは、登場人物の行動や思考について質問してくる。
まるで幼稚園児のようなその問いかけが愛しくて、最近図書室の恋愛小説コーナーだけやけに充実しているのは誰が何と言おうと気のせいである。
「じゃあどうしたら光太郎は怒らなかったの?」
「そうだな……まず、わかってることから整理していくぞ。主人公の女が悩んでることはわかるんだろ?」
藍田は難解な数式を解くように眉を寄せ、徐に頷いた。
「この子、テストの成績が悪くて困ってるんでしょ?」
「そうだ」
「隣の席の男の子が教えてくれてるんでしょ?」
「そうだ。だが光太郎は、隣の席の男じゃなく自分を頼ってほしかったんだ」
むぅ、という呻き声が聞こえる。
「光太郎は自分の方が上手く教えられると思ったってこと?」
ズレた回答に思わず笑ってしまう。
「あとべ、私真剣に考えてるのに笑うなんてひどい」
藍田は頬を膨らませた。
「悪い」
俺は笑いを噛み殺しつつ、感慨深い思いだった。初めて会った時は無表情だったこいつが、こんなにも表情豊かになった。それが俺の影響だったなら、嬉しい。
「……光太郎はな、……っつーか大体の人間はな、好きな女の一番近くに居てぇもんなんだよ」
「……一番、近く」
「あぁ。隣の席の男より、もっと近くに居たかったんだ。教えるのが上手いか下手かじゃねぇ。たとえ出来なかったとしても、まずは自分に聞いてほしかったんだ。教えたかったんだよ」
藍田は噛み締めるように繰り返した。
「教え、たかった」
俺は会長席を立ち、いつものソファで考え込む藍田の隣に腰を下ろした。どんな速度で回転しているかわからないその頭を撫でてやる。
ふと藍田が、目を見開いて俺の方に身を乗り出した。
「……っ」
あまりの近さに息を飲む俺の内心など知らないであろう藍田は、興奮気味に俺の手を握る。
「わからなくても知りたい、と同じ!? 教えられるかどうかじゃなくて、教えたい。わかるかわからないかじゃなくて、知りたい。わかるようになりたい。そういうこと!? ねぇあとべ、私合ってる!?」
くそ、でかい目をきらきらさせるな。
無防備に距離を詰めるな。
「……あぁ、合ってるぜ」
藍田は頬を上気させて、嬉しそうに笑った。
その笑顔に俺の心臓は爆発寸前まで鼓動を刻む。
「あとべ、ありがとう! 光太郎のこと、ちょっとわかった。嬉しい!」
「……っ!」
俺は抱き着いてくる藍田の背中を抱き返してやりながら、平静を装う。
「……あとべ、すごい」
「、何がだ?」
次いで聞こえた台詞が俺の体温を上げた。
「あとべが初めて教えてくれた。“嬉しい”、って気持ち」
「っ!」
自分の顔に熱が集まっているのがわかる。
「ずっと……楽しいも嬉しいも悔しいも、知りたかったけど諦めてきた。あとべは私に初めて楽しいをくれて、嬉しいもくれた。……あとべ、ありがとう」
「……っそりゃあ良かったな」
「うん! 光太郎、仲間だった」
少し違う気はしたが、嬉しそうな藍田の様子に俺はつい頬を緩めるのだった。