ウィー・ウィリー・ウィンキー(跡部)
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*四話*
「跡部様、好きです……!」
告白は、俺にとって日常茶飯事だ。今までは興味がないと断っていたが、藍田に会ってから理由が変わった。
「……悪いな。俺にも好きな奴がいる。お前の気持ちには応えられねぇが、勇気を出してくれてありがとうな」
そう言うと、目の前の女生徒は涙を浮かべて微笑んだ。
「……跡部様、最近優しくなったって噂で聞いていたんですけど、本当ですね。それも好きな人の影響ですか?」
そうだ、と頷こうとして、俺ははた、と首を傾げた。
確かに藍田を追いかけるようになって初めて、俺は恋愛感情を知った。誰より近くにいたいし傍にいたいのに、想いを告げて拒絶されることが怖い。今までの距離感が変わってしまうことが怖い。だから俺は彼女に告白する勇気が出せず、彼女を甘やかすので精一杯だ。
俺の目の前の女生徒は、俺よりも強かった。勇気を出して想いを伝えてくれた。俺は彼女に敬意を払って紳士的に断っただけだ。
しかしここで些かの疑問が生じた。
『それも好きな人の影響ですか?』
いやいやいや、藍田は優しさや気配りや恋愛とは無縁だ。ただだらけながら我が道を行く、孤高の天才。全校生徒に知られているのは名前だけで、俺と忍足しか顔を知らないだろう。
「…………」
一言では表現できないが、あいつがある意味奇人変人の類であることは間違いない。よくよく考えてみたら俺は、藍田のどこに惹かれているのだろう。
恒例の告白を終わらせ、そんなことを考えながら生徒会室に戻ると、藍田は定位置のソファで眠っていた。
猫のように身体を丸め、あどけない寝顔が無防備にさらされている。太陽光が眩しいのか、微かに眉間に皺を寄せてもぞもぞと動き出した。
まさか、と思ったと同時に藍田は寝返りを打った。天才の頭脳も睡眠時には発揮されないのか、このままだとソファから落ちて頭を打ってしまう。
「……っ藍田!」
俺は瞬時に地を蹴った。
机に肘や膝をぶつけながら、必死で手を伸ばす。
「藍田っ!」
絨毯と彼女の間に滑り込むように身体を入れて、間一髪のところを抱きとめる。
いつも勝手に抱きついてくる小さな身体は柔らかくて、珍しく高い体温が俺の腕と触れ合う。
ここでようやく藍田は目を開いた。
「…………あとべ?」
「……っこの、馬鹿野郎! 俺がいなかったら、落ちて頭を打ってたぞ?」
「んー……」
ひどく緩慢な動きで、俺の背に細い両手が回された。
「……っ!」
何故か不安になって頼りない身体を掻き抱く。
繋ぎ止めておかなければふらりとどこかに行ってしまいそうな、危うい儚さに恐怖が込み上げた。
「……この、馬鹿野郎……」
藍田はしばらく動かなかった。怖かったのだろうかとその顔を覗き込んだ俺に、へにゃりとした笑顔が返される。
「大丈夫。ここは落ちても絨毯がふかふかだから、痛くない。だからここで寝てるの」
「、」
「ここより安全で寝心地いい場所が見つかるまでは、ここにいるよ」
「――……」
2年前。初めて会った時彼女がここにいたのは、落ちても安全で寝心地の良い場所を求めていたから。
なら、ここより安全な場所が見つかったら。
ここより寝心地の良い場所が見つかったら。
……ここより居心地の良い学校が見つかったら。
藍田は最初から存在していなかったかのように、俺の前からいなくなってしまうのではないだろうか。
「でも落っこちる前に受け止めてくれてありがとう、あとべ」
「……っ何回でも受け止めてやるから、約束しろ」
「何を?」
不思議そうな藍田を一度ゆるりと抱き締め直してから、俺は身体を離した。
「……俺様に勝ち逃げはするな。俺が勝つまで、付き合え」
「えぇー。それ、永遠にあとべと勝負し続けることになるよ……」
藍田の頭脳があれば、国外で……それこそNASAにでも行って人類史上初の偉業を成し遂げることだって可能だろう。そんな声が掛かってもおかしくない。そんなことに興味を持ってもおかしくない。
俺は知っている。気まぐれなこの天才は、いつその気になるかまったく読めない。そして一度その気になったら最後、俺にも忍足にも何も言わず勝手に行ってしまう。藍田希々とはそういう人間だ。せめて、止めることだけは許してほしい。
「あぁ。だから……もし藍田が“ここ”以外の場所に行く時は、俺にわざと負けろ」
「、……わざと、負ける?」
藍田は首を真横に倒した。
「意味がわからない。あとべ、手を抜かれるの嫌いでしょ?」
「嫌いだからこそ、だ。2年間好きなだけここに居座っておいて、勝ち逃げするなんて許さねぇ。せめて負けてから出て行け」
「? ……?」
頭から“?”マークを大量に放出している藍田の髪をわざと乱暴に撫で、照れ隠しに吐き捨てた。
「……俺が不自然に勝ったら、お前が何処に行くつもりか問い詰めてやる」
「? うん……?」
「いいから約束しろ!」
「う、うん」
こいつのどこがいい、なんてわかるわけがない。
恋は、理屈ではないと知ってしまったから。