ウィー・ウィリー・ウィンキー(跡部)
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*三話*
「跡部ー。部員表持ってきたでー……って、居らへんやん」
今は生徒会の仕事で手が離せないから、テニス部の部員表を集めてきてほしい。そう頼まれた俺は、貴重な昼休みを削ってわざわざ生徒会室まで200枚の紙束を持ってきてやった。図書室に返そうとしていた恋愛小説を左手に、右手に書類を抱えて来たのだが、扉の向こうに会長様はいなかった。
「ま、置いとけばええやろ。…………ん?」
書類を適当な机に置いて図書室へ向かおうとした俺の目に、不思議な光景が映った。
知らない女生徒が、ソファで心地良さそうに寝ている。見たことのない女子だ。
まさか校外の跡部のファンが氷帝の制服を入手し、侵入したのか。一瞬そんな考えが過ったものの、生徒会室のセキュリティは完璧に改修されている。
つまりこの子は侵入者ではなくれっきとした氷帝生なのだろう。しかし生徒会室への出入りを許される人間は決して多くはない。俺はこの子の素性が気になって、ソファの前に膝をついた。
「お嬢さん。お嬢さん、起きて」
そっと揺り起こすと、眠たげな目がひどくゆっくりと開いた。
「……おしたりゆうし」
「へ?」
「あとべなら先生に呼ばれてちょっと前に出てったよ。すぐ戻ると思う。じゃあおやすみー……」
必要な情報を全て告げるや否や、再び眠りの世界へ旅立ちそうな彼女の頬をぺちぺち叩いて、何とか起こす。
「ちょい起きてぇな、お嬢さん」
確かに俺が欲しかった情報はそれだ。しかし一見しただけで何故わかる?
会ったことがないのに何故俺の名前を知っている?
「お嬢さん、何で俺のこと知ってんねん」
眠り姫は欠伸をしながら身体を起こしてくれた。
「全校生徒の顔と名前と基本情報は全部知ってるよ……」
「ほんまに!? そんな芸当出来んの跡部だけやと思っとったわ」
「ふわぁ…………。で? おしたりゆうしは…………めんどくさいからゆーしは、何で私を起こしたの?」
「面倒くさいでいきなり名前か!? いやぁ、やけに肝の据わったお嬢さんやねぇ……」
俺は会ったことのない人種に、思わず素で驚いてしまった。
「お嬢さん、はじめまして。俺はご存知の通り忍足侑士言うねん。お嬢さんの名前、聞いてもええ?」
それ以上の昼寝を諦めたのか、彼女は黒曜石のような瞳をこちらに向けた。
「藍田希々」
その名前を聞いて、全ての合点がいった。
中1から常に満点を記録するが授業には出ない、氷帝唯一の特待生。誰も会ったことはないが、その名前を知らない生徒もいない有名人。
彼女の名前はいつだって、成績上位者の張り紙の一番上にある。
「希々ちゃんはいつもここで寝てるん?」
「ん」
「跡部は許してるん?」
「ん」
頷いた後、希々ちゃんは首を僅かに傾けた。
「ゆーし、それ、何?」
「あぁ、俺が借りとった恋愛小説や」
「れんあいしょうせつ……?」
「おん。面白かったで」
希々ちゃんが心なしか身を乗り出してきた。
「れんあい小説、は読んだことない。それ、貸して?」
「ええけど、これ俺の持ち物ちゃうから一旦図書室に返さんと」
「ちょっと見せてくれるだけでいいから」
俺は言われるまま、彼女に本を手渡した。
すぐさま希々ちゃんはページを捲り始める。傍目にはただぺらぺらと本を捲っているだけだ。しかし一定の速度で彼女の手は動いている。
やがて、全ページを見終えた希々ちゃんは俺に本を返した。
「ありがと、ゆーし」
「……まさか今の時間で全部読んだん?」
「ん」
唖然とする俺を他所に、希々ちゃんは突然渋い顔になった。
「れんあい……よくわかんなかった。カテゴライズできない。これが面白いゆーし、すごい」
いや、俺からすれば1分で読破した彼女の方がすごいのだが。
「知らない、じゃなくて、理解できない、は、初めて。……ゆーし、他にもれんあい小説持ってる?」
「や、今から図書室で借りて来よ思てたとこやけど……」
「私も読みたい! 今から図書室行く? また見せてくれる?」
「ちょ、希々ちゃ、」
希々ちゃんは目を輝かせて、唇が触れてしまいそうな距離まで身を乗り出してきた。
俺が反射的に距離をとろうとした、刹那。
ガチャ、
生徒会室のドアが開いて、地獄の底を這うような低い声が響いた。
「…………何してやがるんだ、忍足侑士。アーン? 答えによっちゃあお前だけ今日のメニューは3倍だが?」
「……っ」
跡部がフルネームで呼ぶ時は静かにキレている時だ。というか、このドスのきいた声色でわかる。うっかり背筋が伸びた。
対する希々ちゃんは何の変化もなく跡部に手を振る。
「あとべ、おかえり」
「……あぁ。藍田、そこの変態伊達眼鏡に何もされてないか?」
「ゆーし、面白いよ。“初めて”を教えてくれた」
ぴしっ、空気に亀裂が入る。
「ほう…………どんな初めてを教えてやったんだ? なぁ、忍足?」
俺は必死に事情を説明し、希々ちゃんも頷いてくれた。
「せやから、恋愛小説の話しかしてへんねん!」
「…………藍田、本当か?」
「ほんとだよ。ゆーし、また今度れんあい小説借りたら私にも読ませて?」
「……何で忍足は名前で呼んでんだよ」
「だっておしたりゆうしって、長くてめんどくさい……」
「なら忍足でいいだろ」
「ゆーし、ほぼ二文字。おしたり、四文字。全然違う」
半ば漫才のようなやり取りを聞かされた末、無実を信じてもらえたのはそれから10分後のことだった。
俺はげっそりした気分で跡部に部員表の置き場所を告げ、生徒会室を後にした。
……ん?
よく考えたらあれ、跡部の奴希々ちゃんに惚れてるんちゃう?
その疑念は、次に生徒会室に行った時確信に変わった。
***
「ゆーし、持ってきた?」
「おん。これも面白かってん、オススメやで」
「おい藍田、恋愛小説なら俺様がいくらでも貸してやるからそんな奴から借りるな」
「? あとべも持ってるの?」
「買い占める」
「あとべ、優しい」
……俺には天才の考え方はわからなかったが、我らが部長のでれでれな表情の理由だけはわかったのだった。