ウィー・ウィリー・ウィンキー(跡部)
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*二話*
「……おい、起きろ。風邪引くぞ」
出会った時から早二年。中3になってもこいつの言動は変わらない。
藍田が寝転んでもまだ余裕のあるソファに俺も腰掛け、彼女の前髪をそっと撫でる。
「んー…………あとべ、おはよう……」
ふる、と震えた瞼がゆっくり開いて、俺と視線が合う。
俺は柔らかい髪を撫でながら苦笑した。
「おはようって時間じゃねぇよ。もう放課後だ」
「……どうりでさむい……」
窓から吹き込む風は、元々低い彼女の体温をさらに奪っていたらしい。藍田は温もりを求めて俺の膝に頭を乗せる。緩慢な動きで腰に回された手をそのままにしてやると、きゅっと抱きついてきた。
「……あとべ、あったかいね」
かかった髪をよけてやりつつ、そっと頬を撫でた。藍田は俺の腹に頬擦りして暖をとっている。その様子はまさに猫だ。
彼女は基本的にいつも生徒会室で寝ている。相変わらず授業には出ないし、友達と遊ぶ様子もない。まぁ確かに彼女の頭の構造では授業に出る意味はないだろう。友人、というかクラスメイトと会話が成り立つかも怪しいところだ。
彼女は決して完璧ではない。
「あとべ、……帰り送って」
「……しょうがねぇな。代わりにまた勝負しろ」
「んー……いいよ。今日は何?」
「チェスだ」
「はーい」
昼寝ばかりしている怠け者、と言えなくもないこいつのことを俺は何故嫌悪しないのか。それは俺がまだ一度も藍田に勝てていないからだ。
甘い声でねだられて願いを聞いてやるのは勝負の対価。
生徒会メンバーでもないのにこの部屋に入ることを許しているのは、約束を守るため。
抱きついてきても拒絶しないのは……偶然。
そんなことを考えて自嘲する。
――恋愛は先に惚れた方が負け。
俺はこいつに、結局一度も勝てていない。
いつの間にかムキになって挑む勝負を楽しいと感じるようになっていた。そして忘れもしない、入学して半年経った頃の言葉。
『……あとべ、ありがとう。最近は私…………胸があったかい。勝てなくても私と対等に競ってくれるあとべがいるから…………きっとこれが、“楽しい”、なんだね』
あの時初めて見たはにかむような笑顔に、俺の心臓は撃ち抜かれた。
認めてたまるかと思いつつ、勝手に顔が熱くなるから恋愛というヤツは本当にタチが悪い。
「はぁ……」
「あとべ、ため息」
「うるせぇ。ほら、車までは歩け」
「もうちょっと待ってー。あとべを堪能中ー……」
匂いフェチの藍田は、俺の首に腕を回して耳の後ろに鼻先を寄せる。
「……部活終わりなんだ。汗臭いだろ」
「んーん。……このにおい、すきー。あとべ臭ー」
「加齢臭みたいに言うな」
部活終わりにはシャワーを浴びるし、藍田が好きだと漏らした香水を微かに付けている。その努力を“跡部臭”というセンス皆無の名前で片付けるこいつの、何がいいのか。
そんなこと俺が聞きたい。
ただ、俺は決めたんだ。初めての“楽しい”だけじゃなく、嬉しいも悔しいも幸せも、俺が教えてやると。
「……あとべ」
「何だ」
「……頭撫でて」
「甘えるな」
こいつの前では大抵、俺の言葉と行動は一致しない。口ではそう言いながらも、乞われるままに髪を撫でてしまう。
藍田は俺に抱きついて心地好さそうに頬を緩めた。
「……このまま時間が止まればいいのになぁ」
「いきなりどうした」
「んーん。……なんかね、あとべとくっついてると、離れたくなくなるの」
「……っ」
跳ねた鼓動が藍田に伝わっていないことを祈った。