ライオンとユニコーン(跡部vs.幸村)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*一話*
その日。中1まで俺の家庭教師をしていた希々先生が、交通事故に遭い入院しているらしい、と連絡が入った。入院先は、立海の幸村と同じ病院だ。
彼女は両目を負傷、一緒にいた恋人の片倉精市は、彼女を守るように庇いながら亡くなったという。既に葬儀は済んでいた。
俺が、唯一勝てなかった相手。
希々先生……希々は、俺の初恋の相手だ。小学生の頃はまだしも、中学になってまで好きな相手に勉強を教わるなんて、俺のプライドが許さなかった。
『景吾くん、すごい!』
そう褒められるのは嬉しかったが、俺の方がガキだと思い知らされるのは悔しかった。年齢が一回り近く違う。彼女には恋人がいる。
それを知っていても、誰より聡明で優しい彼女に、惹かれない方が難しかった。
感受性が豊かで、説明が上手かった。俺がシェークスピアを好きになった理由の半分は彼女の解説だろう。
特別な家柄の出ではなかったが、笑い方や歩き方に品があった。芯の強い、しかし柔らかい物腰が好きだった。
中3になったって、俺はまだ子供かもしれない。
それでもあの頃よりは成長しただろ?
背だってあんたより高くなった。
声だって低くなった。
モテるようになった。
少しは男として見てくれる、だろうか。
いつになっても消えてくれない分、初恋というものはタチが悪い。
とりあえず俺は、うだうだ考えるよりも彼女の見舞いに行くことにした。
――そしてそこで、信じたくない現実を突き付けられることになる。
***
「……希々、先生。元気そうじゃねぇの」
目元をガーゼで覆われたその姿は、思っていたより痛々しくなくてほっとした。主治医の話では、視力を失うことはないらしい。それよりも俺は恋人が死んだことの方が、彼女にとって辛いのではないかと危惧していた。
だから、元気な声に安堵した。
「先生…………? あ、ひょっとして、景吾くん!? 跡部景吾くん!?」
「あぁ。久しぶりだな」
「2年ぶり、かな? 声が低くなってて、一瞬誰だかわからなかったよ。でも私が先生だったのは、景吾くんだけだから」
希々は懐かしそうに頬を緩める。
「今、中学3年生?」
「あぁ。氷帝で生徒会長もやってる」
「さすがだね。景吾くん、私の宿題いつもさらっとこなしてたもの」
口元を手で覆い、くすくす笑う仕草。あの頃と変わらない。
「きっと、背も伸びたでしょ?」
「もう、希々より高ぇよ」
希々は音で判断したのか、俺の方に顔を向けて、悪戯っぽく人差し指を立てた。
「こら、先生を付けなさい。元生徒くん」
「元先生、だろ。今はもう先生じゃねぇ」
「……この生意気な感じ、懐かしいな。景吾くん、ちっちゃな頃から何でも出来てたけど偉そうだったよね」
俺は触れていいのか躊躇ってから、随分下の方にある希々の頭をそっと撫でた。
「……俺様は偉いんだよ」
「ふふ。そっか、そうだよね」
2年経っても、希々の髪は滑らかだった。
「景吾くん、わざわざお見舞いに来てくれたの?」
「……まぁ、知り合いのついでにな」
「景吾くんの知り合いも入院してるの? 私なんかに構ってて大丈夫?」
幸村を見舞う予定なんかあるわけない。あんたが心配で見に来たんだ、と素直に言えるほど大人でもない。
俺が黙り込んだ、瞬間だった。
「希々」
「! 精市さん!」
病室に入ってきた幸村を見て、俺は目を見開いた。
「ゆきむ、」
呼びかけた口を後ろから塞がれる。誰だと振り返れば、そこには立海レギュラーが揃っていた。
耳元で仁王が囁く。
「後で説明しちゃる。ちぃと黙っとってくれ」
俺は何が何だかわからないまま、希々に視線を戻した。
希々は嬉しそうに頬を染め、手を伸ばす。幸村はその手を両手で包んでやっている。
「精市さん、今日も来てくれてありがとう」
「……希々のためなら、当たり前だろう?」
「ねぇ、精市さん、覚えてる? 私が大学生の頃家庭教師をしていたこと」
「…………もちろん」
さっきから何なんだ。
幸村?
精市さん?
いや、幸村精市という名前のこいつを俺は知っているが、希々と何の関係があるんだ。
「その教え子がね、お見舞いに来てくれたの。えっと……確かこっちの方にいる、跡部景吾くん」
「…………そうか。わざわざありがとう、“景吾くん”」
幸村が俺から目を逸らして礼を言う。
頭の奥で嫌な予感が渦巻く。走ったわけでもないのに、背中を冷や汗が流れる。立海の奴等に口をおさえられていなければ、確実に何か漏らしていた。言ってはいけない言葉を。
「景吾くん、紹介するね」
希々は、はにかみながら言った。
「私の恋人の、片倉精市さん」
1/10ページ