ライオンとユニコーン(跡部vs.幸村)
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*八話*
希々さんの手術は成功したけれど、まだ目が見えないままだと聞いた俺は、いつもの時間など忘れて彼女の病室を訪れた。椅子に座る彼女に駆け寄る。
「……っ希々!」
「! 精市さん」
「……顔を見せて」
両目のガーゼが、ない。黒曜石のような澄んだ瞳が、俺を映す。希々さんは、たおやかで美しい人だった。
柔らかな頬を両手で包んで、その綺麗な眼に見入る。
「……ごめんなさい、精市さん。どうして見えないのかわからない、って先生が……」
俺は無意識に彼女を抱き寄せていた。跡部の計らいで、希々さんはまだ個室に入院していられるという。目が見えない以外健康体の彼女は、退院できると主張したらしいが跡部は頑として譲らなかった。俺も彼女の両親も、その意見には賛成だ。
目が見えないのに退院なんてさせて外の世界と接触されたら、片倉精市の死がどこから漏れるかわからない。信頼できる人間が真実を話し、それを彼女が受け止められるか確認しない限り、病院から出すべきではない。
「……言っただろ? 君の目が一生見えないままでも、俺は傍にいるって」
「…………ねぇ、精市さん。……精市さん。…………精市さ、ん……っ、せいいちさん……っ!」
像を映さなくても正常に機能する瞳は、我慢していたかのように涙を溢れさせた。
「……うん。どうしたの?」
「私、わたし…………っ!」
それきり彼女は泣きじゃくった。俺は涙を拭って、濡れた眦にキスを落として、何度も頭を撫でた。
「せい、いち、さん…………っ!!」
そうすることしか、できなかった。
――――――――…………。
――――……。
やがて希々さんは、顔を上げた。何かを決意したような表情だった。
「…………ごめんなさい」
俺は彼女の髪を撫でて、首を横に振る。
「君は何も悪くない」
「いいえ、私………………とても、罪深いことをした」
罪。凡そこの人とは無縁そうな単語に、眉を寄せる。
「私…………たくさんの人に、謝らなくちゃいけない」
「……どうして?」
希々さんは己を罪深いと言いながら、凛と前を見据えた。その姿は気高く、やはり俺にはこの人と“罪”が結び付けられなかった。
「私の目が、今も見えないのは心因性のものだって、先生が言ったの」
「……うん」
「……私、その原因に、心当たりがあるの」
どくん、と心臓が波打つ。
「…………私、見えるようになりたくないと、思っていたの。本当は、…………何も見たく、なかった」
希々さんは放っておいたら何処かに行ってしまいそうで、俺は彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
「……今度は“どうして”って、訊かないの?」
「…………」
訊く勇気が、俺にはなかった。でも、ここで訊かなければ君を“罪”から救えないのなら。
俺が、強くなるよ。君を赦せるくらい、君を守れるくらい、強くなりたいから。
「……どうして?」
希々さんは涙を一筋零しながら、微笑んだ。
「私…………精市さんに、謝らなくちゃいけないことがあるの」
「、俺に?」
「いいえ、あなたじゃない……片倉精市さんに」
呼吸も心音さえも、止まった気がした。