ライオンとユニコーン(跡部vs.幸村)
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*六話*
今日も今日とて、俺は希々さんの病室にいた。手を繋いで、穏やかな時を過ごす。
「今日は少し冷えるわね。精市さん、手が冷たいけど……寒くない?」
「俺は大丈夫だよ。…………さっきまで外にいたから、手が冷たくてごめん。希々の体温を奪ってる?」
「そんなことない。むしろ、精市さんに体温がないなら私が分けてあげる」
細い指先が、俺の手を擦る。俺は何となく、その行動が微笑ましくてされるがままになっていた。
春。そう言えば、桜が咲く頃には――――
思い出した俺は、なるべく平常心で切り出した。
「……ご両親から聞いたよ。もうすぐ手術なんだって?」
「……ええ。……成功したら、精市さんを見られるわね」
「…………成功、しなくても、俺はいいよ」
「……え…………?」
本心を、手術前に伝えておきたかった。
「希々の目が、一生見えないままでも俺は構わない。そうしたら……俺が一生君の傍にいる。君の目になる」
「精市、さん…………?」
「…………本当は、それを望んでさえいる。そうしたら君を誰かに取られる心配が……減るから」
君を取られたくない。他の男にも、“精市さん”にも。
手術が、成功しなければいい。そうしたら俺は、この人の傍にまだいられる。
希々さんは、おかしそうに笑った。
「私なんか、誰が取りに来るの? 心配性すぎよ」
「いや、君は君が思っているよりずっと魅力的だよ」
初対面の俺が恋に落ちるくらいには。
昔家庭教師をしていたという跡部が惚れるくらいには。
「……どうしたの? 精市さん、何か……不安、なの?」
「…………不安、だよ」
君の目が見えるようになったら、俺は此処に来ることを許されるのだろうか。君からすれば、俺は君を騙していたことになる。真実を知って、君が“精市さん”の所に往ってしまうくらいなら。
「……ねぇ、希々」
「なぁに?」
「…………キス、してもいいかな?」
「!」
途端、希々さんは真っ赤になった。
「ど、どうしたの? 精市さん、いきなり……この間も景吾くんに、」
跡部の名前を紡ぐ唇を塞ぐ。
「せ、いいちさ、」
「誰も、見ていないから」
囁くように告げて、唇を奪った。
「――――」
希々さんは一瞬強ばらせた身体の緊張を、ゆるりと解く。
俺に預けてくれるその華奢な身体を、そっと抱き締めた。
「精市さ、」
触れるだけのキスで、悉くの言葉を遮った。
俺の名前だって、“幸村精市”として呼ばれていないなら聞きたくない。でも、その名前だったから、俺は希々さんに会えた。その事実だけは、変わらない。
「……いきなり、ごめん」
俺が離れると、希々さんは赤い頬で俺のシャツを摘んだ。
「…………嫌、じゃないから、大丈夫。…………こんな、身だしなみにも気遣えない状態なのに…………」
「……君はいつだって綺麗だ」
その目が見えるようになれば、もっと綺麗になる。今だってその姿は美しいのに。
この口づけを嫌だと思われていないことが、胸の奥を慰めた。
「…………精市さん」
「何だい?」
「……もう一度、抱きしめてくれる……?」
俺はゆっくり、柔らかい身体に腕を回した。
「…………あったかい。…………あったかい」
彼女は重ねて呟き、俺の背中に手を回した。
「……温かいね」
俺もそう返し、腕に少しだけ力を込めた。