ライオンとユニコーン(跡部vs.幸村)
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*五話*
俺は見舞いに来たものの、躊躇いがちに声をかけた。
「……希々」
「景吾くん?」
「……あぁ」
頭に焼き付いて離れない。幸村と希々のキスシーン。
「…………なんであいつと、キスしてたんだよ」
希々は赤くなって頬をおさえた。
「み、見てたの?」
「……あぁ」
「やだ、もう……忘れて」
「忘れてやってもいい。だから、なんでしてたのか答えろよ」
希々は首を傾げる。
「恋人とキスをするのは、おかしいこと?」
「……っおかしくはねぇ、けど、こんな人に見える場所ですること、でもねぇだろ」
どんな流れでそうなったんだよ。
俺の内心など知りもしない希々は、右手を自分の頬にあてて考え込む。
「……あ、私のファーストキスは精市さん、っていう話になったからだった」
「……は?」
「偉そうだけどカッコよかった景吾くんは、もう済ませてるのかな? ふふ、最近の子は進みが速いもの」
希々は俯いて、所在なさげに指を組んだ。
「私のファーストキス、20歳なの。遅いでしょ?」
俺は、どう返せばいいのかわからなかった。
「初めてのキスが精市さん。私はそれが嬉しいけど、世間一般的には遅いのかもしれない」
「……別に、遅くねぇんじゃねーの? 早ければいいってもんでもねぇだろ」
一刻も早く、この話題から逃れたかった。毎日、会える喜びと会える苦痛を繰り返す。毎日、毎日。
「……そういや、もうすぐなんだって? 目の手術」
俺がなんとかそう切り出すと、希々の表情がぱっと明るくなった。
「そうなの! 成功すれば、また見られるようになる。成長した後の景吾くんも早く見たいなぁ」
俺のことを考えてくれる喜びと。
「……精市さんも見られるようになる」
言葉にならない苦しみ。
手術が成功すれば、希々は恋人が死んでいる現実と向き合うことになる。手術が失敗しても、……否、今でも。いつまで幸村の気まぐれが続くかはわからない。
「景吾くん、毎日お見舞いに来てくれてありがとう。ふふ、勉強でわからないところがあったら、聞いてくれてもいいんだよ?」
「…………俺はもう高校の範囲を勉強中だ。悪いが希々の出番はねぇよ」
「高校かぁ……さすがに私も全部は覚えてないや。本当に私の出番は無さそう」
そう言って笑う希々に、俺は目を伏せた。
「なぁ、」
「ねぇ、景吾くん」
それは、珍しく俺の台詞を遮るものだった。俺は希々が誰かの言葉を遮ったところなど、見たことがない。
希々はぎゅっと手を握って、俺の方に顔を向ける。
「お願いがあるの」
何となく嫌な感覚にとらわれたものの、「何だ?」と続きを促した。
「ずっとベッドで退屈だから…………一緒に、屋上に行ってくれない?」
「――――」
「外の空気を身体で感じたいの」
手足の先が冷えていく気がした。いや、しかし俺の勘違いかもしれない。
俺は確かめる。
「まさか、とは思うが…………死のう、とか考えてねぇよな?」
希々はけらけらと笑う。
「そんなこと考えてないよ! ……本当に、ただ、外に出たいだけなの。迷惑……かな?」
「……主治医から許可が出たら連れてってやる。聞いてくるからちょっと待ってろ」
「……――――ありがとう」
その礼は、俺の知る希々なら泣いていたんじゃないか、と思わされる声音だった。
***
それから希々の主治医に話を聞いたが、特に問題はないらしい。
危ないからと貸し出された車椅子に希々を乗せ、看護師にも付き添いを頼んだ上で、俺は病院の屋上に向かった。
キィ、
ドアが開いて、服の裾がはためく。今日は風が強い。俺は車椅子を押して、屋上の真ん中辺りまで来てやった。
希々の髪が風にもみくちゃにされ、彼女の視界を奪う。どのみち見えていないのだが、希々は声を上げて笑った。
「わぁー! こんな風、久しぶりだよ!」
希々が右手を空にかざす。そしてそのまま、動きを止めた。
「…………」
「……」
風がその細い指を撫でて去っていく。
沈黙が流れた。
しかし気まずい沈黙ではなかった。
希々は確かな意志で、沈黙を望んでいた。
俺は何も言わずに、車椅子に手をかける。もちろん彼女が飛び出すような真似をすればすぐ様止められるよう、意識は常に研ぎ澄ましている。
やがて、何分経っただろう。30分程、だろうか。
「藍田さんー、そろそろ身体が冷えちゃいますよー!」
入口から看護師の声が聞こえた時、希々はぽつりと呟いた。
「……精市さんに、会いたい」
その言葉の真意は、わからない。
ただ、俺は時計を見て答えた。
「……いつも通りの時間なら、あと一時間で会えるだろ」
希々は、頷いた。
「…………そうだね。それまで我慢、しなくちゃね」
「俺様がここまでしてやってるのに、あいつのことばっか考えてんじゃねぇよ」
「……そう、だね。ごめんね。……ありがとう、景吾くん」
希々は、ふと車椅子に乗ったまま体ごと後ろを向いた。車椅子の持ち手に添えていた、俺の手に手を重ねる。
「ほんとだ。景吾くん、手が大きくなったね」
「……背もでかくなったぜ?」
「やだなぁ……私の中の可愛い景吾くんがいなくなっちゃったのかぁ……」
「おいコラどういう意味だ」
俺が頭に軽くこつん、と拳を当てると、希々は笑った。
「だって私の中の景吾坊っちゃまは、生意気で偉そうで背伸びしてて」
「おい」
「でもカッコよくて、やっぱり同い年の子より大人びてて」
「……おう」
見えない空を仰いで、希々は口を閉ざした。俺は得体の知れない焦燥に急かされ、声を絞り出した。
「……っおい、希々」
「……なぁに?」
「俺様の誕生日、覚えてるよな?」
首をこてん、と倒して、希々は頷く。
「跡部家一大イベントだったもの。私今でも覚えてるよ?」
「……今年も、パーティーだ。頼みがある」
「? 私に?」
頼みなんてない。
誕生日のことだって、咄嗟に出て来ただけだ。
俺は頭をフル回転させて会話の糸口を探った。
「……今年の誕生日パーティーに、来てくれ」
希々は不思議そうに確認する。
「10月4日だよね? 随分先のことだけど、どうして今?」
「り、理由なんかあるか! 女は先の予定を教えておかねぇと、前日連絡は困るらしいからな!」
自分でも何を言っているのかわからない。いっそ穴に埋まりたい。
「別にドレスコードじゃねぇし、プレゼントもいらねぇから……っとにかく、来い!」
「え、えぇ? 私もう、跡部の家とは何の関係もないのに?」
「俺様がいいって言ってるんだからいいんだよ!」
今、自分の黒歴史が作られている。それを自分で実感しているのだ。本気で頭を何処かに打ち付けたくなった。
それ、でも。
こいつが生きてくれるなら。恥くらいいくらでもかいてやる。
「……約束、しろ。今年の10月4日、俺の誕生日パーティーに来い」
「……………………約束、…………」
「約束しろ」
俺に触れたままの右手の小指を掴んで、自分のそれと無理矢理指切りさせた。半ば強引なその約束に、希々は根負けしたように苦笑した。
「…………わかった。約束ね」
俺は、無力だった。
約束を必ず守るこいつの性格を、信じることしかできなかった。