ソロモン・グランディ(跡部vs.不二)
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*八話*
不二先輩は、迷って蹲る私の手を引いてくれた。景ちゃんの部屋に勝手に上がっていたこと、勝手に手を繋いでいたこと、何を聞いても笑わなかった。
跡部は無責任だな、なんて言って、私の頭を撫でてくれる。
今日も私は授業の後すぐに写真部に顔を出した。不二先輩に会えるかな、と思ったから。
ガラ、
開けた部室には誰もいなくて少し落胆する。
瞬間、後ろから優しい声が聞こえた。
「希々じゃないか。今日は早いね」
「! 不二先輩っ!」
思わず景ちゃんと同じように抱きついてしまって、はっと我に返った。
「あ、ごめんなさい…………」
離れようとする私を逆に抱き寄せて部室に滑り込み、不二先輩は笑う。
「可愛いね。この感覚を跡部が独り占めしてたのかと思うと、妬ましいくらいだ」
「……っ!」
可愛いなんて言われるとは思っていなくて、私の頬は熱くなる。先輩はゆっくり私の背中を撫でて言った。
「いいんだよ。跡部にしていたことは、全部僕にしていい。そう言ったのは僕だ」
「不二先輩…………」
「君に、僕をあげる」
――それは、私を孤独から救ってくれる言葉。私を縛る言葉。
「帰りに、僕の家においで。姉さんもいるし弟もいる。手を出したりなんてしないから安心して」
「な、んで…………」
「跡部の部屋には行ってたんだろう? 同じように、僕の家にも遊びに来ればいい」
違う。
どうして、そこまでしてくれるの?
どうして、そんなに優しくしてくれるの?
声が詰まる。
「なん、で…………先輩は、そんなに私に……優しくしてくれるの…………?」
不二先輩は困ったように微笑む。
「君のことが好きだから。君のために何かしたいから」
「、……」
この人は私に似ていると思った。守ってあげたいと思った。だけどこの人は、私よりずっと大人だった。
誰かのために何かをしたい、そんな風に誰かと全力で向き合ったことのなかった私は、自分が子供だと思い知らされて俯いた。
なのに。
それさえ、この人は。
「……とは言え僕だって聖人君子じゃない。下心がない、とは言えないよ」
自己嫌悪から眉を寄せた私の頬に手を添えて、不二先輩は視線を合わせた。綺麗な瞳に私が映っているのが見える。
「弱った君につけこんで…………本当は思ってる。もう一度……ここに、触れたいって」
先輩の親指が優しく私の唇をなぞる。
「…………ねぇ、希々」
「は、い」
「……僕に触れられるのは、嫌?」
いつかと同じ問いかけに、心が揺れる。
「嫌……じゃ、ない、です…………」
「じゃあ、……僕とのキスは、怖い?」
ここで怖い、と言えば不二先輩は、きっと私を離してくれる。いつもみたいに私を隣に座らせてくれて、写真の本を眺めたり課題の手伝いをしたりしてくれる。
でも。
「…………っ」
緩く弧を描く、形の良い唇に目が行ってしまう。私のファーストキスの相手。
「……っ私、…………っ」
「……うん」
「わ、たし…………っ!」
怖く、ない。嫌じゃ、ない。
本心だけれど、そんな強請るようなことを言っていいのかわからなくて。
「……うん。僕は……君に触れたい」
私の躊躇いすら、罪悪感すら取り除いてくれるその言葉はどこまでも甘い。
「不二先輩、なら…………怖く、ない、です、」
どう伝えたらいいのかわからない。いけないという気持ちと流されてしまいたい気持ちで、頭はぐちゃぐちゃだ。
私の感情なんてお見通しなのか、不二先輩は私の唇を優しく塞いだ。
「、……」
抱きしめてくれる腕に身体を預けて溶けそうなキスに酔う。触れるだけの口づけがゆっくり繰り返される。夢見心地だった。
「……跡部も、君にキスをした?」
吐息が絡む距離で問われて、私は素直に頷いていた。
「……僕と、どっちが先だった?」
「ふじ、せんぱい…………」
「……そっか。……僕が希々のファーストキスの相手になれたなら、嬉しいな」
ふわりと落とされるキスに目を閉じる。
もう、何も考えずこの手についていけばいいんじゃないのかな。景ちゃんがいなくなっても、不二先輩が傍にいてくれるなら寂しくないんじゃないかな。
……でも。
景ちゃんでいっぱいだった心に空いた穴が、不二先輩の温もりで埋まっていくみたいだ。
景ちゃんは私の答えが出るまで会わないと言った。突然の拒絶に、心は行き先を失って。
……でも。
不二先輩は毎日私の隣にいてくれる。
……でも。
「……希々、好きだよ。跡部の手を忘れて、僕と手を繋いで。……これから先、ずっと」
指を絡めてきゅっと繋がれた手は、抗い難く愛情に満ちていた。