ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*七話:失恋の定義*
『……俺はずっと希々が、好きやったから』
その言葉の意味がわからないほど子供じゃない。でも、どうして?
私が失恋したことを最初に伝えた人。私の泣き腫らした目に、最初に気付いてくれた人。新しい恋をしてみようと言ってくれた人。
「……忍足くんも、失恋したって言ってたよね」
忍足くんは目を伏せる。
「俺は、希々に告白できひんかった。する前に、失恋した」
確かに忍足くんが以前から私のことを好きだと思ってくれていたのなら、私に好きな人がいるとわかった時点で彼の恋も実らなかったことになる。
「失恋したと、思っとったんや」
「……?」
忍足くんは、苦笑いで時計を指さした。
「……授業、出んくてええの?」
私は躊躇わず頷いた。彼の話を聞くことの方が、大切だと思ったから。
「……告白してフラれるっちゅうのは、失恋や。付き合うてて別れるっちゅうんもな」
「……うん」
「けど、希々を見てて思ったんよ」
忍足くんは遠くのグラウンドに目をやって、徐に眼鏡を外した。
眼鏡をしていない忍足くんを見るのは初めてで、私はその端正な横顔を見つめた。
「希々が従兄の兄ちゃんに告白せんかったんは、相手のこと考えたからや。相手のために、言わへんっちゅう選択をした。その希々自身が“失恋した”言うなら、告白してなくてもそれは失恋、なんやと思う」
私は肯定するでも否定するでもなく、その低い声に耳を傾ける。
「俺は、……希々のこと思って告白せんかったわけやない。単に、断られるとわかっていて告白する勇気がなかっただけや」
忍足くんは、言葉を選んで伝えようとしてくれている。それが痛いほどわかった。
「……希々はちゃんと失恋した。ちゃんと傷付いた。なのに、その傷を癒せ言うとる俺がちゃんと失恋してへんのは……フェアやない、と思ったんよ」
失恋、の定義。確かに、傷付いている相手に告白すれば、本心はどうあれきちんと付き合う許可がもらえるかもしれない。言わなかった、という選択をしたのは忍足くんだ。
「せやから、俺はただ臆病で卑怯なまま希々の彼氏で居るんやなくて……ちゃんと告白せなあかんと思った」
忍足くんは私の方に向き直り、真摯な眼差しで告げる。
「俺、ずっと…………希々のことが好きやった。希々が男子を名前で呼ばんことも知っとる。今、希々の気持ちがぐちゃぐちゃなんも知っとる。だから……」
忍足くんの手が、私の指先に触れた。
「希々のしたいように、してほしい。俺に幻滅したなら別れる。俺とまだ付き合うてくれるなら、絶対大事にするって誓う」
「…………」
言葉が、出てこなかった。
「……希々は、どうしたい?」
「わ、たし、は…………」
忍足くんのことは嫌いじゃない。でも、好きでもない。だから幻滅も何もない。
ただ、私が彼の提案に乗ったのは彼も私と同じ立場だと思っていたからだ。
同じなんかじゃ、なかった。
自分のことに置き換えようと、脳内でどうにか試みた。お兄ちゃんがお嫁さんに離縁を切り出されてひどく落ち込んでいるところへ、私が告白する。傷を癒すために私と新しい恋をしよう、と。
「……っいや、だ」
想像でもお兄ちゃんが悲しい顔をしていることが辛くて、思わず顔を顰める。お兄ちゃんがそんな顔をするくらいなら、私は自分の気持ちを一生伝えない。
こんなこと、考えること自体が苦しかった。
「…………忍足くん、ごめん。私、……どうしたいって言われてもわからない。考えたくない。忍足くんの望む答えを、あげられない」
「希々、」
どちらがいい、と二択をくれているのに、私はそれを考えることが苦しい。そこで、はっと思いついた。
「そうだ。忍足くんが私を振ればいいんだ」
「…………は……?」
「私が何も決められないから愛想が尽きた、って言って振ってくれればいいの。そうしたら、忍足くんは新しい恋ができる。藍田に振られたらしい、なんて言われることもないし、これが一番いいよ」
何故これまで気付かなかったのか。これ以上の名案などあろうはずもない。私は忍足くんの手を握って、微笑んだ。
「振った方も、失恋でしょ? 失恋を癒すには、新しい恋をするのがいいんでしょ? 私を振って、新しい恋をして?」
「、希々、」
「私のしたいようにしてほしい、って言ってくれたよね。なら、今ここで私に“別れ――――」
なら、今ここで私に“別れて欲しい”と言ってほしい。
その言葉は、途中で飲み込まれてしまった。
「――――……っ!?」
忍足くんにキスで途切れさせられた台詞を最後まで言うことは、できなかった。