ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*六話:遅すぎる告白*
希々は俺に跡部とのキスを見られても態度を変えることはなかった。俺が誘えば昼も一緒に食べてくれるし、休日にも会ってくれる。
それでも、どうしてだろう。彼女の優しさや気遣いの裏に、痛みを感じてしまう。10年間大切なものがあった場所が空っぽになってしまった彼女は、以前の彼女よりどこか投げやりに見えた。
俺と付き合うのも跡部とキスをするのも、何もかもどうでもいいと言わんばかりの無抵抗だからか。
俺には彼女の全てを知ることはできない。理解することはできないかもしれない。それでもただ、自分をもっと大事にしてほしいと思った。
「……なぁ、希々」
「なぁに?」
弁当は互いに食べ終えた。昼休みはまだあるし、今座っている理科棟の階段に人の気配はない。
俺は意を決して希々の目を見つめた。
「……こない話、蒸し返されたないのはわかっとる。けど、俺は今希々の彼氏や。彼女のこと心配するのは……おかしいことやないと思うんよ」
「? うん、おかしくないと思うけど……何の話?」
不思議そうな希々に、言葉を選んで問いかける。
「……今は従兄の兄ちゃんのこと、どう思っとる? もう悲しくならへん?」
希々に動揺は見られない。
彼女は空を仰いで、歌うように思いを口にした。
「今でも、毎日お兄ちゃんの名前を心で呼んでる。だけど、なんだろう…………呼吸と同じ。名前を呼ぶけど、胸が痛くならないし切なくもならない」
「…………」
「好き、って何なんだろうって考えて、結局何もわからなくなった。私の10年って何だったのかな……無駄なものだったのかな?」
いつもと同じ穏やかな声。空を見ていた顔がだんだんと俯き、伏せられた睫毛が頬に影を落とす。
「……本当は、どうしたらいいかわからなかったの。何をすればいいのかわからなかったの」
希々はぽつりとそう呟いて、僅かに首を傾げた。
「……あの日から、私、一度も泣いてない。涙が、出ないの」
俺は胸が締め付けられる思いだった。俺が想像するよりずっと、希々の傷は深かった。
「泣きたいわけじゃないから困ってないけど、…………ねぇ、忍足くん」
希々の綺麗な目が、俺を見る。
「私、どこかおかしく見える?」
「、……」
初めて会った時から、希々は大人びて見えた。そういう性格なのだと思っていた。でも、違った。
大人びて見えたのは、年上の従兄に少しでも近付きたかったから。年下の自分にできることなど限られているとわかっていた彼女は、完璧で在ろうとしたのだ。勉強も容姿も落ち着いた佇まいも、微笑みさえ。
「友達がみんな、私を心配するの。いつも相談に乗ってもらってるんだから、今度は私たちが希々の悩みを聞くよ、って言うの」
「……っ」
俺は温かな身体を、そっと抱き寄せた。
「希々は……頑張ってきたんやな。頑張りすぎたんや。……だから今は、休んでええってことやと思う」
「休む……?」
壊れてしまわないように、細心の注意を払って。
「……涙なんて放っといても、そのうち勝手に出るようになる。身体の好きにさせてやり」
希々の頬が、俺の肩に遠慮がちに寄せられた。
「……うん。わかった」
この子の心の空虚は、どうやったら埋まるのだろう。強引にでも自分をねじ込めばいいのか、一歩退いて歩幅を合わせればいいのか。どうしたらいい、なんて答えはない。当たり前だ。
わからないのなら、俺は自分の直感を信じる。
「友達のことやけど、……希々が元気ないって心配してくれとるんやろ?」
「うん。私、元気なのに」
「阿呆。元気な奴はそない能面みたいな顔せえへん」
「能面……?」
自覚のない希々は、心底不思議そうに繰り返す。
今の俺にできること。
希々に、表情を取り戻してやりたい。感情をぶつけさせてやりたい。
「……希々、俺に甘えてええよ」
俺は、彼女の隣でゆっくり歩くことを選ぶ。たとえば未来で新しい恋ができるようになった彼女が、俺を選ばなかったとしても。
希々は首を傾げる。
「甘える……? 私、もう十分忍足くんに甘えてるよ?」
俺は彼女の髪を撫でて、苦笑した。
「多分、甘えるの意味ちゃうわ」
「?」
付き合うだけで甘えると思っているこの子は、本当にずっとこうやって生きてきたのだろう。
「俺には気ぃ遣わんでええってことや。気乗りせぇへんなら昼もデートも断ってくれてええし、無理に笑おうとせんでええ」
瞬きの合間に、その瞳に自分が映っているのが見えた。
「嫌なことは嫌って言うて。そんで、話したなったら電話して。寂しなったら呼んで。会いたなったら夜中でもええから連絡して」
「……? 忍足くん……?」
希々は眉をひそめた。
「それ、ただの我儘だよ」
「ただの我儘やない。それが、彼氏に甘えるっちゅうことや」
「…………そう、なの?」
俺は頷いた。
「何となく誰かの声聞きたい時。何となく一人で居るの嫌な時。そういう時は……俺を頼って」
恐らく今まで彼女がしてこなかったこと。誰にもできなかったこと。
誰かを頼ること。甘えること。許されること。
「……俺は、それが全部嬉しいんや」
希々の眉がハの字に下がる。
「……できないよ。そんな自己犠牲、忍足くんが辛いだけだよ……」
「自己犠牲やない。俺がそうして欲しいんや。俺が、希々を受け止めてやりたいんや」
「…………」
しばらく、沈黙が流れた。昼休みの終わりを告げるチャイムとほぼ同時に、希々は口を開いた。
「……どうしてそこまでしてくれるの?」
俺は深く深呼吸して、今度こそ希々の目を見て告げた。
「……俺はずっと希々が、好きやったから」
遅すぎる告白を、君に。