ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*五話:きっかけ*
高校に入って初めての期末で、俺より上位の成績を取った人間、それが藍田だった。自分の名前より上に他人の名前があることを新鮮に感じると同時に、次は負けたくないと悔しくもなった。俺がフルネームで覚えた最初の女は、次の期末もその次も俺より上位になることはなかったが、成績上位者の常連だった。
ただ、勝手にライバル視していたのは俺の方だけだったらしい。同じクラスになった2年の時、初めて目が合った藍田はふわりと笑った。
『あ、首席の跡部会長だ』と。
最初の印象は、頭のいい女。
次の印象は、大人びた女。
真面目で人当たりも良く、時折引かされる貧乏くじにさえ文句一つ言わない。そしてどんな時も、誰かの陰口を言わない女だった。
芸能人、教師、クラスメイト、電車内の人間、そのどれに対しても悪口を言わない。そんなの、底無しのお人好しか聖女くらいだろう。いつかボロを出すんじゃないかと見ているうちに、気付いたら俺の視線は彼女ばかり追っていた。
生徒会に副会長は当時いなかった。俺が面倒になるだけだと思い、置いていなかった。
『藍田、生徒会に入ってくれないか』
内心断られやしないか冷や冷やしているのを知ってか知らずか、藍田は少しの間俺の目を真っ直ぐ見つめて、微笑んだ。
『私でよければ、お手伝いするよ』
***
生徒会室は二人だけでいられる唯一の場所だった。俺はいつからこいつのことを好きだったんだろう、とふと考えて、最初に頭に浮かぶのが高校1年の期末結果で思わず苦笑した。
「珍しい。跡部くん、思い出し笑い?」
文化祭の出し物一覧を書いていた藍田が、きょとんとこちらを見る。
俺は目を細めて、ふっ、と小さく息を吐いた。
「……藍田のことを、俺はいつから好きだったんだと思い返したら高1の期末だった」
藍田は微かに目を丸くした。
「そうなの? 私その頃、まだ跡部くんのこと知らなかったけど……」
「そりゃあそうだ。俺が勝手にライバル視してただけだからな」
「ライバル?」
不思議そうな藍田に教えてやろうとして、やめた。
俺の一方的な認識。
俺の一方的な敵対心。
俺の一方的な片思い。
何もかも一方的なのは、上手く言えないが面白くない。
ガタ、
席を立って藍田を見下ろす。
「……今、まとめちゃうね」
一瞬の硬直を見逃すはずがない。逃げようとした視線を引き戻し、半ば強引に口づけた。
「ん……っ! ちょっと待っ、」
「待たねぇ」
柔らかな髪を掻き乱しながら頬を両手で固定する。身長差が辛くなったのか、腰を浮かした藍田を抱き寄せてキスに溺れた。
「く、るし……っ、あ、とべく…………っ!」
唇だけ解放してやると、間近に上気した吐息が感じられて結局我慢できなくなった。
「は…………っ、ぁ……」
膝の力が抜けて崩れ落ちそうになる小さな身体を支えて、全身で抱き締めた。
少し荒い呼吸を整えて、藍田はぽつりと尋ねる。
「……どうしたの? こんなにいきなり、業務中になんて跡部くんらしくない」
藍田は抵抗しない。受け入れてもくれない。その細い腕が俺の背に回されることは、ない。
「…………悪かった」
俺は藍田の肩に額を当てた。
「……跡部会長は、お疲れなのかな?」
「違ぇ。……頼みが、ある」
凪いだ海のように、藍田は穏やかに問う。
「なぁに?」
「…………忍足とは、……キス、しないでくれ」
数瞬、静寂が訪れた。
「……私、忍足くんと付き合ってるのに?」
「藍田があいつを本気で好きになったなら、この頼みは忘れてくれ。でも、藍田があいつを好きじゃねぇなら…………キスだけは、俺の特権にしてくれねぇか…………?」
「…………」
藍田はどこか寂しそうに、自嘲の笑みを浮かべた。
「……好き、って、何だろうね。私にはもうわからないけど、跡部くんはわかってる。……なら私は、跡部くんのお願いを聞いてあげたい、と思う」
藍田は泣きそうな笑みで目を閉じた。キスを許された証拠。
「――――、」
その唇に唇を重ねて、初めて僅かに受け入れられた歓喜に震えた。