ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*三話:五里霧中*
何でこんなことになったんだろう。
私には正直なところ、現実味がなかった。
小さな頃からずっとずっと好きだった、初恋のお兄ちゃん。お兄ちゃんは私よりずっと恋愛経験もあるだろうから、ファーストキスをお兄ちゃんに頼んだらしてくれるだろうか。そんなことを考えて、一人赤くなったりしていた。付き合えるなんて、思っていなかった。私はお兄ちゃんにとって妹みたいなものだとわかっていたから。
会うたび私の頭を撫でてくれる背の高いお兄ちゃんが、大好きだった。
そのお兄ちゃんの嬉しそうな笑顔と、幸せそうな花嫁さんの姿に、涙が止まらなかった。結婚式の途中で家に帰って泣き明かした。
本気の恋愛なら、自分のものにしたいとか告白したいとか、二人の邪魔をしたいとかそういう気持ちになるんじゃないだろうか。
しかし私の中に込み上げてくるのは、“お兄ちゃんと花嫁さんの幸せを壊したくない”という思いだった。私が告白したら、お兄ちゃんはきっと困る。違うの。私はお兄ちゃんに笑っていて欲しいの。
お兄ちゃんは笑ってくれている。嬉しいはずなのに、何故か涙は止まらない。
私は今まで信じてきた自分の“好き”が、足元から崩れ去っていくのを感じてしまった。もう、何が正しいのかわからなかった。
***
私の目が赤くて心配するのは友達くらいだ。こんなことで学校を休むわけにはいかない。俯きがちに登校した私を一番に心配したのは、同じクラスの忍足くんだった。
モテると有名な忍足くんは、まさかの失恋仲間だと言う。
好きだという気持ちの部分がすっぽり空洞になってしまった私は、彼の提案に乗った。もちろん、忍足くんに誰か好きな人が出来たら私を振ってくれて構わないと伝えてある。私自身今は誰かといれば気が紛れるし、お互い失恋したことを知っているのだから、下手に気を遣わなくて済む。忍足くんといるのは、気が楽だった。
「なぁ……俺ら、付き合うてるわけやん? 俺……藍田さんのこと、名前で呼んでもええ?」
「うん、いいよ」
男子に下の名前で呼ばれることはほとんどないから、少しだけ新鮮だった。
「……希々」
「うん、なぁに?」
忍足くんの頬が少し赤くなって、なんだか可愛かった。
***
跡部くんは、頼れる生徒会長だ。何を思って私を副会長にしたのかはわからなかったけれど、私みたいな一般人でもいないよりは役に立つのかもしれない、と思っていた。
「……藍田」
「何?」
「……少し、疲れた。こっち来い」
言われるまま近寄ると、腕を引かれて彼に倒れ込んでしまう。
「ごめ、跡部く、――――」
唇を塞がれて、跡部くんの匂いがふわりと香った。香水なのかシャンプーなのか、高級感溢れる香りに包まれる。私は目を閉じて、そのキスを受け止めた。
跡部くんは、私が好き、らしい。私のどこにそんな貴重な要素があるかは甚だ疑問だったが、先に忍足くんと付き合うと決めたことに文句を言われた。跡部くんと付き合う、ことは出来ないけれど、プライドの高い彼の甘えを切り捨てることも出来なかった。
わかっている。これは、同情だ。私如き一般生徒が、跡部会長に抱いて良い感情ではない。だからこそ、私は彼を強く拒絶できない。
「……私、忍足くんと付き合ってるんだよ?」
「でもあいつのことが好きなわけじゃねぇんだろ?」
「…………まぁ、そうだけど、……ん……っ」
跡部くんはずるい。
女遊びしていそうなのに、触れるだけのキスしかしない。そこに愛情を感じてしまって、私は動けなくなる。
これも女遊びのうちなのかな、と考えたけれど、相手が私ではメリットがなさすぎる。
「……俺を、拒絶しないでくれよ……」
弱々しい声でそんな風に言われれば、抵抗できるわけがなかった。
「……拒絶、してないでしょ?」
「……あぁ、そうだな」
触れるだけの口づけを受け止めながら、この行為に何の意味があるのだろうとふと考えた。