ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*最終話:彼女は俺以外の男子を名前で呼ばない*
俺は待つと言った。しかし両思いという状態がこんなにも胸踊るものだとは知らず、正直頭の中が花畑である。
「景吾くん、そんな真剣に何考えてるの?」
放課後。業務のない生徒会室で俺は藍田と二人、穏やかな時間を過ごしていた。何だかんだと二人の思い出が一番多いこの場所は、実は俺のお気に入りだったりする。
「いや……藍田は俺様のものになったと、校内放送で全生徒に知らせるべきかどうか迷ってた」
考えていたことを口にした途端、藍田は俺の腕をぽかぽかと叩いた。
「そんな恥ずかしいこと、駄目に決まってるでしょ! 先生たちだって聞くんだよ!? 景吾くんの内申点に響いたらどうするの!」
現状、俺より藍田の方が余程落ち着いている。
「優秀な生徒会長と副会長の清く正しい交際、教師に知られて困る問題なんざどこにもねぇ」
「問題しかないから! もう…………」
苦笑する藍田に手を伸ばし、抱き寄せる。彼女の香りを胸いっぱいに吸い込むと、幸せだという言葉しか浮かんでこない。
……が、俺はここでとんでもないことに気付いた。
「……ちょっと待て」
「え?」
「俺は何度もお前に好きだと言ってるが、言われた覚えがねぇ」
「!!」
腕の中、愛しい人の顎を持ち上げて、その真っ赤な顔を見つめる。
「……藍田。俺はお前が好きだ。返事…………くれる、だろ?」
「……っ!」
藍田はぱちぱちと忙しなく瞬きをしてから、ぎゅっと目を閉じ、こわごわ俺を見上げて口を開いた。
「わ、たし…………も、景吾くんのこと…………好き、です…………」
「――――」
予想外の破壊力に、俺の思考は止まる。
「……まだお兄ちゃんを想ってた名残があっても、罪悪感ごと待っててくれるって景吾くんが言ってくれたから…………私、景吾くんには本当に感謝して、」
「希々」
「っ!」
勝手に想いが口から溢れた。
「……俺も藍田のこと、『希々』って呼んで、いいか……?」
遠慮がちに、はにかみながら頷く彼女を見ていられたのはそこまでだった。
「? 景吾く、――」
ふっくらした唇を塞ぎ、そっと目を閉じる。
彼女も俺の背に手を回してくれた。
――――あぁ、幸せだ。
しばらく重ねていた唇を離すと、潤んだ瞳と視線がかち合って俺はあっさり理性を放り投げた。
貪るように口づけ、吐息ごと飲み込む。触り心地の良い髪を掻き乱しながら、例のごとくソファになだれ込むと藍田が声を上げた。
「ちょ、景吾く、ん…………っ」
「やべぇ、どうやら俺は浮かれてるらしい。もっとキスさせろ」
「こ……っれの、どこが清く正しい交際な、の…………っんんっ!」
「あぁ。校内放送はやめておこう」
「待っ…………、ぁ…………っ」
待ち侘びたキスに溺れながら、俺は片思いしていた頃から今までに思いを馳せていた。長いようで短い時間。
忍足と付き合うことになったと聞いた時、張り裂けそうな胸を鼓舞し、諦めなくて良かった。足掻いておいて良かった。
やらずに後悔するくらいなら出来ることを全部ぶつけて後悔したかった。今ならあの時の自分を褒めてやれる気がした。
「ん、ぁ…………っ、ふ、」
蕩けた眼差しの奥に同意が見えて、何故か目頭が熱くなった。
改めて思う。
俺はお前を好きになれてよかった。
「希々…………愛してる」
「っ、」
希々が照れたのか顔を背けようとしたが、俺は彼女の顔を覗き込んだ。
「も…………てかげん、してよ……」
「悪いが無理だ。止まらねぇ。車で送ってやるから諦めろ」
「そんな、ん……っ」
愛する人の体温と香りを思う存分味わう。恋人同士になれた喜びで、俺の自制心はしばらく戻って来そうにない。
彼女が目を回す程にキスの嵐を降らせた後、ようやく俺は半身を起こした。
「希々……」
濡れた唇を親指で拭ってやれば、ぴくりと痙攣する。既に数え切れない程こんな深い口づけを繰り返しているというのに、希々は一向に慣れない。そこがまた初々しくてそそられるのは、彼女には秘密にしておこうと思う。
――――彼女は男子を名前で呼ばない。
特別な存在以外は。
「景吾、く、ん…………」
力が抜けて起き上がれない希々の頬に手を滑らせて、額にキスを落とす。
「……んな顔して、煽ってんのか?」
「ど……してそうなるの、ばか、」
「なぁ、希々」
薄く開いた透明な瞳に問いかける。
「お前が今下の名前で呼んでる男は……俺以外に誰がいる?」
希々は微かに目を丸くして、苦笑した。
「お兄ちゃんは、下の名前にちゃん付けだったの。だから……男の人で、くん付けで下の名前を呼ぶのは…………景吾くんが初めてだよ」
「――――!」
この時の俺の喜びがわかるだろうか。希々を抱きかかえて学園中を凱旋したい気分だった。
「景吾くん?」
俺は希々を抱きしめて、最後の確認だとばかりに念を押した。
「……俺はお前が好きだ。……希々も俺と同じ気持ちでいてくれてるってことで、間違ってねぇよな……?」
希々は柔らかく微笑んで頷く。細い腕が安心させるよう俺の背に回された。それだけで嬉しくて嬉しくて、俺も腕に力を込める。
「従兄のちゃん呼びは仕方ねぇ。だが、……これから先新しい男と知り合っても、下の名前で呼ぶなよ?」
希々はくすくす笑った。
「わかった。……景吾くん、だけだよ」
触れ合いすぎて感覚のなくなった唇さえ愛しい。鼻先同士を軽く擦り付け、俺は口を開いた。
「……希々、愛してる。これから先ずっと……俺の傍にいてくれるか……?」
希々は真っ直ぐ俺の眼を見つめ返し、花がほころぶように笑った。
「うん。……不束者ですが、よろしくお願いします」
手を繋いで、同じ速さで歩いて行こう。
傷付けた人の分まで笑えるように。
傷付いたお前の心を癒すのは俺で在りたい。
これまでも、これからも。
希々。……愛してる。
Fin.
40/40ページ