ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*三十八話:愛していた*
この日、希々は俺から逃げなかった。真っ直ぐ俺を見て、
「今、少し時間もらえる?」
と言った。
昼休み、俺は彼女に誘われて理科棟へと足を運んだ。馴染み深いはずの場所が、ひどく久しぶりに感じられた。そしてひどく、遠いものに感じられた。
思えば俺は希々の顔を見た時から薄々気付いていたのだと思う。
だから、実験室で頭を下げられた時も動揺することはなかった。
「忍足くん……ごめんなさい」
その謝罪が何を意味するかもわかっていた。
「私の泣き顔に、心の傷に一番最初に気付いてくれた人なのに……大切な人なのに、ごめんなさい」
俺は希々の頭を撫でて、苦笑するしかなかった。
「……謝らんといて。希々は何も悪いことしてへんやん」
「でも……!」
そっと顔を上げさせて、額をこつんと合わせる。
「答え…………出たんやな」
希々は泣きそうな表情で、小さく頷いた。
「私…………景吾くんのことが、好きになっちゃった。だから忍足くんとは付き合えない。……ごめんね」
「跡部と付き合うん?」
「あ、それは……その、お兄ちゃんのことで心の整理がつくまで待っててくれる、って……」
「なんや、あいつもおあずけくらっとるんか」
軽く吹き出した。
俺は、選ばれなかった。
それでも希々の笑顔に、心に、涙に、脆すぎる一途な想いに触れてきたこの半年を、無駄だとは思わない。
俺は“侑士くん”とは呼んでもらえなかった。それが、全てだった。
決着がつけば思いの外清々しい。
俺は希々を優しく抱き寄せた。
「……もう、ただの元カレや。ただのクラスメイトや。……せやけど、」
言葉が一瞬詰まった。震える声を何とか絞り出す。
「俺はまだ希々のこと忘れられへん。割り切れん。せやから、俺の中で折り合いがつくまで……もう少しの間、希々のこと好きで居ってもええ……?」
俺の背に手が回された。力を込めて抱き返される。
「うん……。私、忍足くんに何かあったら必ず助けに行くよ。忍足くんは私にとって、ヒーローだから」
「……っ!」
「今まで……ありがとう」
これで、本当に最後。
本心では離れたくない。胸は張り裂けそうに痛むし、待ってくれとみっともなく縋りたい。視界が滲むのを堪えるだけで精一杯だ。
ただ、希々がいる前では泣きたくなかった。これ以上彼女を困らせたくない。これから先彼女を守るのは跡部の役割だ。なら、今だけでも格好つけていたい。
俺は最後に軽く希々を抱きしめ、伸びをした。わざと明るい声を出す。
「フラれるのも二度目となると、慣れてくるもんやなー」
「忍足くん、」
「そろそろ戻り。あんま俺と二人で長い時間居ったらあいつに勘繰られるやろ」
希々は何か言いたそうな顔だった。しかし唇をきゅっと引き結び、頷いた。
「…………先、戻ってるね」
「おん。俺はタイミングずらして教室戻るわ」
希々は少しだけ寂しそうな微笑みを浮かべ、俺に手を振った。
「ありがとう、忍足くん。……また、ね」
さよなら、の意が込められた仕草なのに『またね』と言う辺り、どうして彼女はこんなにも優しいのかと苦しくなった。駆けていく後ろ姿が段々とぼやけていく。
「…………っ!」
俺のために振り返らない彼女を思えば、涙が溢れて止まらない。
ほんまに好きやった。
大好きやった。
もっと一緒に居たかった。
どうして俺じゃなかったのかなんて、誰も知らない。誰が悪いわけでもない。
恋は理屈ではないことを俺は誰より知っている。
俺は同じ子に二度失恋した。
二度目の方が痛かったのは何故だろうと考えた。
「…………っ、」
二度目の方が愛しかったからだと。
愛していたからだと。
気付いてまた、涙が溢れた。