ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*三十七話:問いの答え*
跡部くんは辛抱強く、キスという行動で私の混乱を宥めてくれた。頭の中を埋め尽くしていた自責の言葉がだんだんと霞んでくる。優しく、時に少し強引に唇を奪われて、意識がそちらに向いていく。
私の呼吸が落ち着いた頃、跡部くんはそっと唇を離した。
吐息が絡み合う。鼻先を掠めたのは跡部くんの香りで、視界に入ったのは苦笑いするアイスブルーだった。
「……俺は今年に入ってから、知らねぇ藍田の一面ばかり見させられてるな」
「……ごめ、」
「早とちりするな。好きな奴のことなら何でも知りてぇんだ。珍しい藍田を見られて俺は得した気分だ」
取り乱した私なんて見ても、みっともないと呆れるだけだと思う。跡部くんの感性はやはり何というか、一般人とズレているのではないだろうか。
そう思ったものの、
「俺だけに弱い面を見せてくれて、嬉しい。俺の前で強がらずいてくれることが、嬉しい」
そんなことを言われて頬が熱くなった。
「……藍田。俺はお前が今でも好きだ。むしろ新しい一面を知る度、強く惹かれてる」
「あ、とべ、くん」
「何があっても俺がお前を嫌うことは絶対にねぇ。それを前提に、答えてくれ」
優しい眼差しに、私はこくりと頷いた。
「……藍田は俺と忍足の両方を、男として意識してるか?」
小さく頷く。
「従兄を想っていた場所にいつの間にか俺達が入り込んでいて、戸惑ってるか?」
「、」
反論しようとしてできなかった。無言で首肯する。
「…………その従兄に対して、今、……罪悪感を抱いてるんじゃねぇか?」
「――――!」
罪悪感。その単語に目を見開いた。パズルのピースがはまるように、全てが紐解けた。
お兄ちゃん。
毎日その名前を心で呼んでいたのに、いつの間にか違う名前を呼ぶ回数が増えていて。
お兄ちゃん。
大好きなあなたと、そんなあなたが選んだ人の幸せを邪魔したくなかった。大好きだから諦めようとしていたはずだった。なのにいつの間にか跡部くんと忍足くんの顔が浮かぶようになっていて。
お兄ちゃん。
ごめんなさい。
ずっと好きだったのに、ずっとずっとあなたのことしか想っていなかったのに。これから先ずっと、報われなくても好きでいる覚悟だって決めていたのに。
お兄ちゃん。
……ごめんなさい。
私、違う人を好きになってしまった。
「わ……たし…………」
ようやく、自分でも理解できた。
私は新しい恋心の芽生えに、罪悪感を抱いているのだ。
結ばれなくても報われなくても、私はこの十年お兄ちゃんへの想いを支えに生きてきた。
私の中の私が問いかけてくる。
私の想いはそんなに簡単に消えてしまうものだったの?
お兄ちゃんへの想いが形を変えて、空っぽになった心に入ってきた忍足くんと跡部くん。気付けば私は彼らに惹かれていた。それがお兄ちゃんを思い続けてきた時間への裏切りのようで、苦しかったのだ。
「私、……っ私……!」
「今すぐ答えを出す必要はねぇ。俺と忍足、どっちかを早く選べとも言わねぇ。……ただな。言わせてくれ」
跡部くんは私をゆっくり抱き寄せる。
「従兄との恋愛に区切りがついたことは、悪いことじゃねぇ。新しい恋愛に踏み出すのも悪いことじゃねぇ。後は藍田が自分と折り合いをつけるだけだ」
「跡部、くん……」
「安心しろ。俺はずっと……藍田が好きだから」
胸を叩く音。響く音。
「俺が好きになった藍田は、従兄を好きだった藍田だ。そいつを好きだった十年間無しに今の藍田は存在しねぇ。だから、何年悩むとしても俺はお前を待ち続ける。藍田の罪悪感が消えるまで」
跡部くんは苦笑いした。
「こちとら1年の頃から待ってんだ。待つのは慣れてる」
「……っ!」
跡部くんのことも忍足くんのことも特別に感じている。大切な存在だし、恩人だ。
でも、私の知らない音を聞かせてくれるのはいつだって――跡部くんだった。
「……っ」
私は震える唇を何とか開く。
こんなに緊張するのは生まれて初めてだ。
指先は冷えきって感覚がないし、喉が乾いて声が掠れる。拒絶される恐怖に、心臓が物凄い速さで脈打つ。
それでも私は覚悟を決めて、初めて自身の願いを口にした。
「け……っけいご、くん…………っ! 景吾くん、は、他の子と……キスなんて、しないで……!」
「――――!!」
「わ、私にそんなこと言う資格なんてないって、わかってるの、でも、……っ嫌なの……! 景吾くんが他の子と、」
それ以上言を継ぐことはできなかった。
景吾くんは押し潰さんばかりに私を抱き締めて、声を振り絞る。
「……っそんなこと言う資格があんのは、世界中で藍田だけなんだよ……! 気付け、この鈍感…………!!」
どうして、景吾くん、と呼びたくなったのだろう。どうして景吾くんと他の子とのキスを見たくないんだろう。その問いの答えを、私はもう知っていた。