ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*二話:悪足掻き*
いつものように穏やかな放課後。俺と二人の生徒会室で、藍田は本棚の整理をしながらぽつりと零した。
「昨日…………ずっと好きだった人が、結婚したの。従兄のお兄ちゃん。10年間、好きだった人なの」
「、……」
唐突すぎる告白。彼女にしては脈絡のない会話に、俺は何も言えなかった。静かを通り越して平坦な声で、俺に背を向けたまま、彼女は続ける。
「それを知った時、涙は止まらなかったけど、……私、お兄ちゃんが幸せになってくれるならそれが一番幸せだって思ったの」
何故俺にそんなことを話すのか、わからなかった。しかし、他ならぬ彼女の声に神経を集中させる。
「…………私、お兄ちゃんのこと本当に好きだったのかな……とか、好きって何だろう……とか、いろいろ悩んでた。そしたらね、今朝忍足くんが言ってくれたの」
有能な副会長は、ぱた、と本棚に手を置いた。
「失恋を癒すには、新しい恋が一番だって。だから、付き合おうって」
「、…………は……?」
喉から掠れた音が出た。
俺からは彼女の背しか見えない。でも、ぽた、と棚に落ちた涙は見えた。
「私……『うん』って言ったよ」
「……っ!」
俺は思わず立ち上がる。
藍田は乾いた声で小さく笑った。
「私…………なんでこんなこと、跡部くんに言ってるんだろ。ごめんね……忘れて」
咄嗟に細い腕を掴むと、驚いた目と目があった。
「っ跡部、くん?」
「……っ今朝、忍足が付き合おうっつったのか」
「……? うん」
なんで。
なんで俺は彼女とクラスが同じじゃなかったんだ。朝からこの異変に気付けていれば、その言葉を言えたのは俺だったかもしれないのに。
「……なぁ、藍田」
今からできることなど、たかが知れている。悪足掻きだ。それでいい。ここで何もしないよりは。
「……俺、藍田が好きなんだ」
見開かれた瞳に、俺が映る。
「新しい恋なら、俺としてくれよ」
綺麗な瞳はゆらりと揺れて、伏せられた。
「……もう、忍足くんにいいって言っちゃったから」
「忍足は置いておいて、俺のことを考えてくれ。……言っておくが、俺の気持ちは冗談でも同情でもねぇぞ」
「…………」
藍田は掴まれた腕を振り払うこともせず、ただ地面を見つめた。
「……忍足のことが好きなわけじゃねぇんだろ?」
「……うん」
「なら――――」
軽く腕を引き、抵抗のない頤を掴んで唇を重ねた。
「――――、」
「なんで俺じゃ駄目なんだよ。先着順ってか? 冗談じゃねぇ。あいつが何考えてんのかは知らねぇが、誰でもいいなら俺にしろ」
「……跡部くんは、私が、好き、なの?」
「さっきからそう言ってるだろうが」
藍田は力なく項垂れる。
「もう…………わからない。どうしたらいいのか、わからない…………」
わからない。
なら、まだ可能性はある。
俺は藍田の頬を両手で包んで、目線を合わせた。
「わからねぇなら、忍足の話は断れ」
「……できないよ。忍足くんも失恋したんだって。……これ以上傷付けたくない」
「……っ」
藍田の優しさが裏目に出た。何もかも後手だったのは俺だが、タイミングは運だった。
運が俺にない?
運命の天秤は忍足に傾いている?
知ったことか。
藍田は俺にも失恋を打ち明けてくれた。無意識にせよ何にせよ、俺を頼りにしてくれていたからだ。
俺はこんな形で諦めるなんて絶対に御免被る。
「…………俺も藍田に拒絶されたら、失恋仲間だ」
「……あ……そうだね。そう、……だね……」
罪悪感に泳いだ視線を見逃すはずがない。
「だから、俺を拒絶しないでくれ」
「……でも、」
反論を封じるように口づける。
「今藍田は、俺のことも忍足のことも好きじゃねぇ。なのに忍足とは付き合うんだろ? だったら俺のことも……受け入れてくれよ」
「、――――」
重ねた唇に拒絶の言葉が乗ることは、なかった。