ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*三十五話:理由*
あれから希々は、徹底的に俺を避けるようになった。かと思えば跡部が迎えに来ると安心したような笑みを浮かべる。昼休みだけは俺の特権だったのに、最早その場所も跡部のものだった。
「希々、ちょっと話したいんやけど……」
「ご、ごめんね! 今日は別の約束があるから!」
逃げるように去っていく背中に、俺は手を伸ばした。
「希々! あん時のキスは不意打ちでされただけや! 俺は今も、」
言い終わらないうちに、教室の扉が開いて跡部が顔を出す。
「藍田、迎えに来た」
「跡部くん!」
跡部は俺をちらりと見ただけで、希々の手を引いて歩き出す。
「昼はテラスを貸し切った」
「もう! そういう特別なことはしなくていいってば!」
「たまにはいいだろ? 俺にだって静かな所で飯を食う権利はある」
「皆に騒がれるのは、そもそも跡部くんがあんな所でキ……キスなんてしたからでしょ!?」
「あぁ。だから静かな場所は自分で用意した。たまには藍田も付き合えよ」
二人は仲睦まじそうに遠ざかっていく。
俺はどうすればいいのかわからなかった。
希々にとって佐々木と俺のキスが受け入れ難いものだったのはわかった。しかし、その理由は?
俺のことを好きになってくれていたから?
それなら俺は喜ぶべきかもしれないが、希々の態度から感じ取れるのは何故か恐怖だった。残念ながら俺のことを好きになってくれたという可能性は薄そうである。
俺の気持ちを信じられなくなったから?
これが一番ありそうだ。あれだけ好きだと告げていながら別の女とキスを交わしていれば、傍目には裏切りとしか映らない。ただ、俺が知っている希々なら逃げ回るのではなく、きちんと俺の言い分を聞いてくれるはずだ。
「はぁ……」
答えのない問いがぐるぐる頭を回る。
追い討ちをかけるように、クラスメイトの男子が話しかけてきた。
「忍足、藍田ちゃん争奪戦、跡部に負けたのか? なんかこの間授業中、跡部が藍田ちゃんお姫様抱っこして保健室に連れてったって、女子が騒いでたけど」
「……負けた…………んかな、俺」
「でも藍田ちゃん、跡部と付き合ってないって言ってたよな? 派手好きの跡部のことだから、藍田ちゃんと付き合うことになったら校内放送とかで全校生徒に自慢しそうな気するし」
「そうなんよなぁ…………」
希々は跡部のことが好きになったら絶対に俺に言うはずだ。ごめん、と。これには確信がある。
跡部は跡部で、希々と両思いになったならもっとはっきり俺に言うはずだ。俺の女に手を出すな、と。
「ほんま、何がどうなってんやろ……」
ため息と共に教室の天井を仰ぐ。
誰も答えてはくれない。
答えを持っているのはたった一人、希々本人なのだ。
どうにかして話し合わなければ、このぎくしゃくした関係は最悪の結果に繋がるだろう。すなわち、今まで築いてきた信頼が水泡に帰す。それだけは嫌だった。
別に感謝されたいわけじゃない。俺はただ、希々の心を知りたいだけだ。
「けどさ、忍足フラれたわけじゃないんだろ?」
「まぁ……一応引導を渡されてはいない、な。ずっと避けられとるだけや」
「LINEとかメールとかも?」
「おん。全部既読スルーや」
クラスメイトは目を見張った。
「あの藍田ちゃんが!? ……お前よっぽど酷いことしたんだな…………何したんだよ」
「そんなん俺の方が知りたいわ!」
「身に覚えがないなら、もしかして知らないうちに藍田ちゃんのトラウマほじくり返してた、とかじゃねーの?」
「……!」
トラウマ。
その言葉で、ようやく全てが繋がった気がした。
俺はずっと傍で希々を見てきた。よく笑うようになったし、従兄への気持ちが恋愛感情ではなくなったと教えてくれた。その言葉に嘘はないだろう。
しかし、10年もの片想いが崩壊した日――真っ赤な目で登校してきたあの日は、希々自身も気付かぬうちに彼女の心に深い傷痕を残していたのではないだろうか。
原因は俺ではない。あの一方的なキスの何かが、希々の中にあるトラウマに触れてしまったのだ。
話を聞かなければ。しかし無理矢理聞き出すような真似はしたくない。なるべく彼女の負担にならないように、さり気なく誘えるタイミングを探る。
もし希々の心に俺も居るのなら、彼女も謝りたいはずだから。