ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*三十三話:愛しくて苦しい*
俺は昼休みになると藍田のクラスへ赴くようになっていた。昼は忍足と過ごすと言われて大抵断られるが、俺は毎日顔を見られるだけでも嬉しかった。火曜のミーティング以外でも好きな奴に会える、それだけで衆人環視の告白をした甲斐は十分にあった。
どうせ今日も、昼休みは忍足と過ごす約束だから、と断られるんだろう。そして俺が、なら放課後は俺に寄越せと言って彼女を困らせる。いつものパターンだと思いながら教室の扉を開けた。
「藍田、いるか?」
しかし今日は、何かが違った。いつもなら俺が呼ぶと困ったように苦笑する藍田が、俺を見るや否や駆け寄って来た。
「っ跡部、くん……!」
「……? 今日、残りの昼休み一緒に勉強しねぇか?」
「行く、跡部くんと行く……っ!」
初めてOKをもらえたのに、漠然とした不安が込み上げた。それは藍田の、怯えているような悲しんでいるような、困惑した顔が原因だ。
何があったんだ、とその場で訊こうとして俺はやめた。
「……生徒会室でいいか?」
「あり、がとう……っ」
藍田が俺を見る眼差しは、確かに助けを求めるものだった。
***
珍しく取り乱した様子の藍田は、生徒会室に入るなり入口付近で膝を抱えて座り込んでしまった。
「……どうした? 何があった?」
「……っ、……っ!」
藍田は俯いたまま、何度も首を左右に振る。
女を慰めたことがないから、どうすればいいのかわからない。ただ、少しでも楽にしてやりたかった。
藍田は息を詰まらせて、何かを堪えるように小さな手を握り締めている。その背中があまりに頼りなくて、胸が痛んだ。
「……大丈夫だ」
俺も膝をつき、藍田の背に手のひらを乗せた。温もりが届くように、そっと。
人を頼るのが下手な藍田にかけてやるべき言葉など知らない。それでも、その不安が消えるまで独りにはしないと伝えたかった。
「大丈夫だ。俺はここにいる」
「、」
藍田の動きが止まった。
俺は彼女の背中を撫でながら告げる。
「言いたくねぇなら言わなくていい。お前が落ち着くまで俺はここにいる。……だから、大丈夫だ」
「っ、」
ばっと顔を上げた藍田は、俺と目が合うと堰を切ったように泣き出した。
声を出さないよう必死に唇を噛み締めて、綺麗な瞳から透明な滴を零して。
そういえば以前もこいつは声を押し殺して泣いていた。何に遠慮しているのか。
「ここは防音だから、泣き喚いても誰にも迷惑かからねぇぞ?」
「……っぁと、べ、くん、困らせ、ちゃう…………っ!」
思わず苦笑する。こんな時でも人の心配をするなんて、こいつはどこまでお人好しなのか。
俺は「ばーか」と笑って藍田の額を軽く小突いた。
「どうせそんな泣き方しかしたことねぇんだろ? 今くらい大人ぶってねぇで泣いちまえよ」
「……っ、でも……っ」
「幻滅したりしねぇから」
泣くことさえ上手くできない藍田が、ひどく愛おしく思えた。大人びた振る舞いを見慣れているからこそ、弱い部分をさらけ出されると抱きしめたくなる。
思えば藍田がこんな風に泣くのを見るのは初めてだ。
俺は彼女の背に両手を回し、やんわりと抱き寄せた。
「そんなに泣き顔を見られたくねぇなら、こうすれば見えねぇから」
刹那、藍田は俺の胸に縋りついた。
「ふ……っぅ、ぅうー…………っ!」
その悲しみを取り除きたい。俺のこの両腕でできることなら何でもする。
だから。
「5時間目は俺も藍田も体調不良で休み、な。時間は気にしなくていい」
「、で、も……」
「生徒会長の職権濫用だ。誰にも文句は言わせねぇ」
そう言うと、藍田は微かに笑った。
「……あ、りがとう……」
俺はなるべく穏やかに問いかけた。
「…………何があったんだ? 俺には知られたくないことか?」
藍田が腕の中で目を伏せる。
「…………わた、し……ごめんなさい。誰かに、助けてほしかった。跡部くんに知られたくないことなんてないよ……。……ただ、忍足くんと……一緒にいたくないの」
「? 忍足と何かあったのか?」
藍田は唇を引き結ぶ。俺は彼女の頬に優しく触れ、視線を合わせた。
「誰かに助けてほしい時、俺を頼ってくれて嬉しかった。何があったか言わなくてもいい。俺はどうすれば藍田の助けになれる?」
「…………っ!」
再び彼女の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。しかしその雫は悲しみから生じたものではないらしい。
藍田は俺のシャツを握り締め、泣きながら笑って言った。
「……っこんな、時に…………っ優しすぎ、だよ……、跡部くん……っ」
「――――……」
藍田の苦しみも悲しみも、取り除いてやりたい。代われるものなら代わってやりたい。愛しくて苦しい。
俺はこんなにも彼女を好きになっていたのだと改めて自覚して、胸が締め付けられた。