ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*三十二話:予期せぬ出来事*
「ねぇ侑士、あたし侑士のことやっぱり諦めきれないよ……! そんなに藍田さんがいいの!? あの跡部様と取り合ってまで!?」
いつもなら希々と過ごす理科棟の裏。俺の目の前には、以前俺が振った女友達がいる。さすがに俺だって自分に告白してくれた友達のことは覚えている。
昼休みに希々と過ごせないのは物足りない気分だったが、友人からの呼び出しを無視することはできなかった。
「……堪忍な。それでも俺、希々がええんよ」
「……っ」
自分でもわからない。どうしてこんなに好きなのか。
思い出すのは、見ているだけだった頃の大人びた笑顔と、初めてきちんと話した日の真っ赤な目。
何もかも諦めたような笑みと、最近になって見せるようになった満面の笑み。
「一度は別れたんでしょ……!? 彼女に悪いところがあったからじゃないの!?」
俺は苦笑する。
「俺は別れたなかったんよ。俺らが別れたんは、俺が希々にフラれたからや。希々の悪いとこなんて……ほんま、見つける方が難しいわ」
拒絶が苦手なこと?
優しさと紙一重なそれを欠点と呼べるのか。そこにつけ込んでいるのは俺なのに。
俺も跡部も選ばないこと?
選ばないのではなく選べない彼女に、糾弾されるほどの謂れはあるのか。
ある、と言うのなら、恋愛感情を自身の中で整理している途中の希々には、あまりに酷な要求だ。
俺の知っている希々は、気配り上手で頭が良く、綺麗な瞳を真っ直ぐ向けてくる女の子だ。10年もたった一人を想い続けてきた、一途すぎる女の子だ。
守ってあげたい。壊したくなるほど。
愛しくて苦しくなる。彼女の声で呼ばれれば、従兄弟と同じこの苗字さえ特別なものに感じてしまう。
好きなところが多すぎていいところなんて挙げきれない。たとえ俺が二度目の失恋をすることになろうと、他の子を代わりにしようとは思えない。
俺は女友達――佐々木に頭を下げた。
「…………堪忍な」
「……侑士…………」
頬を撫でる風が髪を攫って行く。校舎を見つめながら、俺は拳を握りしめた。
「……諦めきれるんなら、別れた時点で諦めとる。跡部と取り合いになってでも、俺は諦めたないんや。もう一回……希々の彼氏に、なりたい」
こればかりはどうしようもない。誰が悪いとかそういった問題でもない。
「佐々木はええ子や。せやから俺やない奴と幸せになって」
「……っ待ってよ侑士! あたしは侑士じゃないと嫌なの!! ずっとずっと好きだったんだから……っ!」
「…………ごめん、な」
泣き出しそうな佐々木の頭を撫でようとして、手を止めた。突き放すなら、余計な優しさはかえって彼女のためにならない。
「……俺、もう行くわ」
「侑士……っ!」
話は終わりだ、とばかりに踵を返すと同時に、今度は希々が視界に入った。
「!」
俺の顔は一気に明るくなる。
今日の昼は一緒に食べられなかった。理科棟にいるということは、俺を探しに来てくれたのだろうか。
まだ授業までは時間がある。これからどこへ行くのか。少しの間だけでも一緒にいたい。
俺は気付いてもらうべく息を吸って、彼女の名前を呼んだ。
「希々、――――」
その、瞬間だった。
ネクタイが引っ張られた。
俺は体勢を崩した。
佐々木の顔がすぐ近くに来た。
唇に柔らかい感触が当たった。
知らない香りが鼻先を擽った。
キス、をされていると理解するまでに数秒を要した。
「侑士のバカ……っ!」
佐々木は俺にキスをするや否や、俺を突き飛ばして走り去った。声に涙が混じっていた。しかしこの時の俺に彼女を気遣う余裕はなかった。
「――――」
俺は自身の唇を拭うことも忘れて呆然と立ち尽くした。
俺の視線の先には、目を見開いた希々がいた。