ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*三十一話:聞こえなかった*
跡部くんがお姫様抱っこなんてしながら悠々と校舎内を歩いたものだから、翌日も騒がれた。跡部くん派の生徒には応援され、忍足くん派の生徒には心配された。
最初はどう対応すべきか悩んでいたけれど、正直ややこしすぎて考えることが面倒になった私は、腹を決めた。
「跡部くんは大事な友達だし、忍足くんも大事な友達だよ」
すなわち、丸投げである。
事実なので、私は誰に聞かれてもこれだけを答えることにした。
『忍足と付き合ってるんじゃないの!?』という疑問には『昔付き合ってたけど、今は付き合ってないよ』と返し、『あれから跡部様とはどんな会話をしてるの!?』という類の問いには『普通の会話しかしてないよ』と返した。
忍足くんと以前付き合っていたのは本当だし、跡部くんと普通の会話をしているのも本当だ。
普通ではない口説き文句をさらりと口にし、私を動揺させているのは跡部くんである。私は至って普通の会話しかしていない。
それでも、なんだかんだで私の立ち位置を気遣ってくれる跡部くんは話を合わせてくれるだろうと思った。
問題は、忍足くんがどう動くかだった。
彼氏役をお願いしたのは私だ。非難されるならそれも仕方ない。しかし私の想像と違い、忍足くんは私に話を合わせてくれた。
今も、そう。
彼は目の前でその問いに答えてくれている。
「なぁ忍足、藍田と付き合ってないってほんとか!?」
「おん。前に付き合うとったんは事実やけど、今はちゃうよ。俺の片思いやねん」
「じゃあこれを機に寄りが戻るかもしんねーな! 頑張れよ!」
「おおきに!」
これはどういう状況だ、と頭を抱えたくなる。
忍足くんは私を責めるどころか、自分がフラれたと公言してしまった。みんなの中で忍足くんは、元彼女を想い続ける一途な男の子になってしまったのだ。
間違いではないが、申し訳なさにいたたまれなくなる。
「……あの、忍足くん、」
「ん?」
「……えーと、その。ちょっと理科棟まで付き合ってくれる……?」
私たちの間で理科棟は、本音を話す場所となっている。その一言で察したらしい忍足くんは、目を細めて頷いた。
「おん。行こか」
***
私は周りに人がいないことを確認して、忍足くんに切り出した。
「……どうして、私に彼氏役を頼まれただけだって言わないの?」
「俺と希々はほんまに付き合うてたやん。その期間がどれくらいやったかなんて、赤の他人に細かく教えてやる必要ないやろ」
「そう、だけど……。私が忍足くんに甘えてたのも事実でしょ?」
忍足くんは、どこか吹っ切れたように微笑んでいる。
「希々が甘えてくれんの、俺は嬉しい」
頬に手が伸ばされて、愛しさを隠そうとしない視線が降ってくる。私は思わず目を伏せた。
「……希々」
「……何?」
「キスしてええ?」
「…………え?」
初めて求められた許可に、私は何故か動揺した。思い返せば跡部くんも忍足くんも、いつも半ば強引にキスしてきた。あまりに直球で合意を求められて、私は一歩後退る。
ここで『いいよ』なんて言ってしまったら、私は後になって混乱するだろう。そもそも同意してしまったら、私は忍足くんのことが好きだと勘違いさせてしまうのではないだろうか。もちろん、忍足くんのことが嫌いなわけではない。感謝しているし大切な恩人だけれど、恋愛感情があるかと言われたら正直わからないのだ。
『駄目だよ』の選択肢しかない。
私は恐る恐る忍足くんを見上げて答えた。
「だ……駄目、だよ」
なのに。
「忍足く、」
「すまん。聞こえんかった」
「、――――」
二人の間にあった一歩の距離はあっという間に詰められ、結局私の唇は塞がれてしまった。
「ん…………っ」
腰と後頭部に手を回されて動けない。散々跡部くんにキスされたせいで呼吸はできるけれど、慣れないものは慣れない。
遠くでパシャ、と音がした。
どうせ写真でも撮られたんだろう。
この後また生徒の間で騒がれると思うと、頭が痛くなりそうだった。
唇を解放してくれた忍足くんを、じとっと見やる。
「……知っててやったでしょ」
「何のことかわからんなー」
「…………もう。忍足くんのばか」
私は深いため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げるというが、この状況はすでに針のむしろである。
「やって、希々の首んとこの印……跡部やろ? 俺かてちょっとはええ思いしたいやん」
「…………」
もうどうしようもない。
私の口からは再び、諦めに近いため息が漏れたのだった。