ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*二十九話:散る火花*
昼休み、俺は跡部を呼び出した。
「跡部、話があるんやけど」
「……いいぜ」
跡部は好戦的な眼で応じた。
俺も跡部も疚しい気持ちがあるのは同じだ。希々の立場を考えれば、誰かに聞かれるわけにはいかない。
俺が跡部を呼び出した時はやれ決闘だの修羅場だの好き放題騒いでいた野次馬も、生徒会室には入れない。
跡部は俺を連れて生徒会室の扉を開けた。
「ここなら誰かに聞かれる心配はねぇ。腹割って話そうぜ」
俺が此処に来るのは二度目だ。一度目は希々とのキスを見せつけられた日。思い返して多少苦い気分になったが、頭を左右に軽く振って思考を切り替える。
嫌味な程整った顔を見据えて、唇を開いた。
「お前、どういうつもりや」
跡部は不敵に笑う。
「どういうつもり? もちろん藍田を手に入れるつもりだが」
「ふざけんなや。俺はそない冗談聞きに来たわけやない」
「冗談じゃねぇよ。前も言ったろ? 本気で好きだから本気で奪いに行く」
「……っ」
ただでさえ好き放題キスしているくせに。それだけでは飽き足らず、俺の立場まで奪いに来るのか。あまりの傲慢に苛立ちが込み上げた。
「……っ希々のこと考えたらそないなことできるわけあらへん。希々を孤立させる気か!?」
跡部は片方の眉をぴくりと動かした。
「……希々のことを考える……? それをお前が言うのか?」
「、どういう意味やねん」
「わからねぇのか? 彼氏役を頼んでるなんてあいつの性格からして言えるわけねぇ。まだ好きだという気持ちも判然としないままなのに、お前と想い合っていると全校生徒に勘違いされてるのは誰だ?」
一瞬、息を飲んだ。
跡部の瞳は剣呑な光を映して、明らかに俺を非難していた。
「嘘だらけのお前と俺を一緒にするな。俺は何一つ嘘をついてねぇし、藍田にも嘘をつかせねぇ。……俺が勝手に惚れて勝手に追いかけてるだけだ。それを全校生徒が認識した、ただそれだけのことだ」
「……、」
「藍田はお前に借りがあると思ってる。感謝してると言ってたな。だから強く断れない。お前が傷付く可能性があるから噂を否定できない」
痛いところを突かれた。
希々が今の状況で跡部を選ぶことはない。俺が彼女の罪悪感を利用して彼女を縛り付けているからだ。
希々は俺を振ることができない。俺を“可哀想な奴”にしないために。
「あいつが孤立してるように見えるか? ……孤立なんてするわけねぇだろ。他の女が同じ状況になれば話は別だろうが、他でもない藍田希々が相手だ。誰が文句をつけられる?」
「……今は大丈夫でもこの後どうなるかわからへんやろ。希々はまだ俺もお前も好きやないんやで? 二人の間でフラフラしとるズルい女や言われるかもしれへん」
跡部はすっと表情を消した。次いで放たれた台詞に耳を疑う。
「――わかっててやったに決まってるだろ」
「……は?」
跡部は俺にゆっくり歩み寄る。敵意も露に俺のネクタイを掴み、吐き捨てた。
「てめぇばっかいい思いしやがって」
「、」
「いいじゃねぇの、これでフェアだ。俺はようやく生徒会室以外でも藍田に触れられる」
そうか。俺は跡部に嫉妬していたが跡部も俺に嫉妬していたのだ。
俺は希々とクラスも同じで毎日会える。彼氏役として近くにいられる。確かに彼女と過ごす時間は、跡部と比べたら圧倒的に俺の方が長い。
「……お前が攻める気満々なんはわかったけどな、希々をあんま困らせんなや」
跡部は鼻で笑った。
「中途半端な牽制合戦はもう終わりだ。多少揺さぶることになってでも、俺は藍田に俺を選ばせる。お前がどう出ようと退く気は一切ねぇ」
そう言い放ち、跡部は俺のネクタイから手を離した。興味が失せたとばかりに髪をかき上げ、当たり前のように宣う。
「……忍足。半端な覚悟で藍田と関わるつもりなら今のうちに手を引け」
「……っ!」
全校生徒がこれから俺達の関係に注視する。
難攻不落の跡部景吾があんなに情熱的な告白をした上、相手には既に恋人がいるのだ。ただの横恋慕で終わるのか略奪愛まで発展するのか、行方が気になる生徒は多いだろう。それはわかる。
しかし嘘でも仮でもただの役でも、今希々の隣に立つ彼氏は俺だ。希々が俺に後ろめたさを感じている以上、そう簡単に跡部に鞍替えしたりはできないだろう。たとえ、跡部に惹かれつつあったとしても。
なら、諦めるなんて選択肢は端から存在しない。俺もこの状況下で足掻くんや。彼女の心に一番最初に触れたのは、俺なのだから。
「……半端な覚悟? 俺は希々の初めての彼氏やで? この流れで正式に復縁したるわ。――舐めんな」
言いたいことをぶつけて俺は生徒会室を後にしたのだった。