ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*二十八話:喧々囂々*
昨日の跡部くんの爆弾発言のせいで、私の頭はぷつんとショートした。あれからとにかく走って帰ったのは覚えている。今日も当然学校に行きたくなくて仕方なかったが、母に余計な心配をかけるわけにいかず無理矢理重い足取りで学校に来たところだ。
これで私の安らかな学園生活は終わりを告げ、虐めという名の悲惨な日々が始まるに違いない。クラスに行って果たして私の机はあるのか。そもそも玄関に私の上履きはあるのか。窓から何か投げられるのではないか。不安のあまり吐きそうだった。
それがどうだろう。
今私は、人生で初めて予期せぬ事態に呆然としている。
最初は校門で、友人が興奮気味に私を囲んだ。
「希々、跡部様に告白された上にキスまでされたってほんと!?」
「え……? みなみは跡部くんのこと好きだったんじゃ……」
「そりゃあ好きだけど恋愛としてじゃないよ!? あんなハイスペックの相手なんてあたしには無理無理!」
「や、あの…………跡部くんのご尊顔がどうとか言ってなかったっけ……?」
「だって顔はイケメンじゃん! ねー、さっちゃん!」
戸惑う私にさっちゃんは大きく頷いた。
「そうね、顔だけはいいもの。いい歳こいて自分を俺様と呼ぶ馬鹿さを補って余りある肩書きも持ってるし」
「え……首席に浴びせる言葉じゃない何かが聞こえた気が……」
「昨日から全学年のLINEグループで希々と跡部の話が出回ってるわよ?」
「ど、どうしよう……。跡部くんのことは大事な友達で、」
言い訳がましくどもる私に、ひかりが問いかけた。
「あれ、そもそも希々って忍足と付き合ってたんじゃなかったっけ?」
「う……」
「つ・ま・りー、跡部が中学の頃と変わったのは希々のせいで、ガチ恋を初めて知ったお坊ちゃまが絶賛横恋慕中ってことー!? うーわ、まじウケる!! さすが跡部、やることが違うわー!」
何も笑えないのだが、ひかりはお腹を抱えて笑っている。みなみは告白の返事をどうするのかと楽しそうに聞いてくるし、いつもは冷静なさっちゃんもにやにやとした笑顔を向けてくる。
とりあえず友達に無視されることはなくて安堵したものの、校内に入った瞬間、私は大勢の生徒によってもみくちゃにされた。
「藍田さん、跡部様にはどうお返事されるの!?」
「藍田ちゃん、忍足と付き合ってるよね!? さすがにあの跡部相手だと心揺れちゃう!?」
「藍田、お前すげぇ二人に挟まれてんな!」
「ちょっと! 藍田さんのこと、跡部様は1年の頃から想っていらしたのよ!?」
「いや、でも今付き合ってんのが忍足なら断るしかねーだろ?」
「あの熱い告白を聞いていない野暮な男子は黙ってて!!」
どこから突っ込めば良いのかわからない。
こんなに人に囲まれたことがないから目が回る。それでも言わせてほしい。
「跡部くんが……1年の頃から私のことを好きだったって、誰から聞いたの?」
「跡部様ご自身が仰ってるわよ! クラス皆の前で堂々と、貴女に期末考査で負けたことがきっかけで意識し始めたこと、生徒会室での有能ぶりや気遣いの細やかさ、」
「藍田さん藍田さん! 跡部も忍足も捨ててオレにしないー?」
「あたしは忍足君派だなぁ……藍田さんには揺るがず忍足君との愛を貫いてほしい!」
「あ、わかる!」
さらに人波に流されながらたどり着いた教室では、私と同じく忍足くんが生徒に囲まれていた。
気遣ってあげたいが、私にそんな余裕はない。
何しろこれらの反響を纏めると非常に厄介なことになっているのだ。
まず、跡部くんは何を考えているのか噂を否定するどころか、私への好意を第三者にまで広めている、らしい。
そして忍足くんと付き合っているという噂は、彼氏役をお願いしている以上私も忍足くんも否定できないため、事実として学校中に広まってしまった、らしい。
最後に……これが一番問題なのだが、どうやら生徒間に謎の派閥が生まれているらしい、のだ。
1年の頃から純愛を貫いた跡部くんに応えるべきだ、という跡部派。
付き合っている忍足くんを大切にすべきだ、という忍足派。
選挙ではない。そもそもこの二人は氷帝女子の人気を集めているのに何故派閥が生まれるのか。私が恨まれるよりは有難いが、疑問しかない。しかしその疑問は彼等の話をよくよく聞くと理解できた。
通称跡部派にいるのは、跡部くんの想いを応援する彼のファン、刺激的な話題が好きな女子。……そして忍足くんのことを好きな女子、とのこと。なるほど私が跡部くんのものになれば、フリーになった忍足くんにアプローチできるということか。
通称忍足派にいるのは、こんな騒ぎに負けず純愛を貫いてほしいという女子、大体の男子。……そして跡部くんのことを本気で好きな女子、とのこと。なるほど私が跡部くんをきっぱり振れば、跡部くんの傷を癒すポジションが手に入るかもしれないということか。
どちらにも属さない生徒もいるようだが、かつてない程学校の中は団結していた。完璧で王様と評される生徒会長が、公の場で横恋慕宣言した挙げ句無理矢理唇まで奪って行ったのだ。盛り上がるのも仕方ないと諦めるより他にない。
「はぁ…………」
重い重いため息が漏れた。虐めよりはましな結果とはいえ、結局私は唇だけでなく安寧まで跡部くんに奪われてしまった。
「藍田さんおはよう! 忍足と話す!? 修羅場とかにならない!?」
「お前アホ? 藍田が修羅場になんかなるわけねーだろ」
「まぁそうだよね! でもほら、忍足をどうぞ! 二人で教室抜けるならあたしもついて行きたいあわよくばその話を一言一句漏らさず聞いてみたい!」
「やべぇ、女子がマジで怖ぇテンションになってる。藍田、こいつらはオレらが押さえとくからな」
「ほら忍足、彼女の口から真実聞きたいだろ。行って来いよ」
忍足くん派の男子が私の目の前に忍足くんを連れてきてくれた。
こんな大事になるなんて全く想像していなかったけれど、昨日何があったのか忍足くんは気になるはずだ。様々な噂を耳にしただろうが、私から直接事情を聞きたいはず。
私は少しの緊張と共に唇を開いた。
「……おはよう、忍足くん」
「……おん、おはようさん」
「……昨日何があったのか……ちゃんと話したいから、一緒に来てくれる?」
忍足くんはやや疲労の滲む笑顔で頷いた。
「もちろん。理科棟でええ?」
「うん。行こう」
忍足くんの手を引いて教室を出ると、何十何百という視線が突き刺さった。
……この騒ぎはいつまで続くのだろう。
はぁ、と再び私の口からため息が漏れた。
***
私たちは好奇の耳目から逃げるように、理科実験室に入った。普段は人が少なくてお弁当を一緒に食べている例の階段すら、今は目立ちすぎる。私と忍足くんがあくまで付き合っている振り、であることを話せる場所は此処くらいしか見つからなかった。
忍足くんは適当なパイプ椅子に腰掛けると、げっそりしつつ私を安心させるよう微笑んでくれた。
その心遣いに感謝して私も彼の隣に座る。
「いやぁー……朝からお疲れさん。俺が一躍ときの人になるなんて、昨日は想像すらしてへんかったわ」
「あの、……えっと、ごめん、ね?」
忍足くんは苦笑した。
「希々が悪いわけやないなら謝らんで。どうせ跡部が何かやらかしたんやろ?」
「えっと、その、…………うん……」
私は気まずさのあまり俯いた。忍足くんは私の頭を軽く撫でて言葉を繋げる。
「昨日は俺が、自分の気持ちのこと希々に相談した。希々は混乱しとったけど、俺のこと考える言うてくれた。……その後何があったん?」
「…………」
昨日。忍足くんは、どうしたらいいのかわからないと私に打ち明けてくれた。私に答えを求めていた。私にもわからない答えを。
私はしばらく跡部くんと距離を置いて、忍足くんのことだけを考えようと思った。心に穴の空いた虚無感ならよく知っている。
跡部くんに惹かれる気持ちは否定できない。抗い難い魅力を持った人。でも私に最初に手を差し伸べてくれて、最初に温もりをくれたのは忍足くんだ。私の、恩人。
私は忍足くんに恩返しをしたかった。
だから、跡部くんから逃げた。会えばあのアイスブルーに囚われるとわかっていたから。
……それがいけなかったのだろう。
「私、昨日……跡部くんとの約束を破って帰ろうとしたの」
「あぁ、昨日は部活休みやったもんな」
「うん。……私、忍足くんのことだけ考えて私なりの答えを出したくて。でも跡部くんと一緒にいたら流されちゃう気がしたから、……逃げたの。それがいけなかったんだと思う」
すぐ昨日のことなのに、全てが遠い昔のことのように感じた。
「跡部くんに見つかる前に帰ろうとしたんだけど、鉢合わせちゃって……逃げようとしたら捕まっちゃった。今は大事な人のことだけ考えたいから一緒に帰れない、って言ったら…………その。みんなの前で告白、されて。キス……されて」
他人事みたいだ、と思う。
「……いつも生徒会室でしかそういうことしないのに、昨日は大勢の前で跡部くんがそんなことしたから噂になっちゃったの。忍足くんにまで迷惑かけちゃって、ややこしいことになっちゃって。……跡部くん、何考えてるんだろ…………ほんとに、どうしよう…………」
「…………ほんま、どないしような」
「だよね。跡部くんは自分で噂を広めてるらしいし、このままじゃ、」
「――ちゃうねん」
不意に私の言葉が遮られた。
「いつも生徒会室で二人、何してたん?」
「、その、」
「跡部ばっかり……狡いどころの話やないわ」
「それは、……っん…………!」
両頬を大きな手のひらで包まれて口づけられる。
――キーンコーン……
「忍足く、授業始まっ…………、ん……っ」
そんなことどうでもいい、と言わんばかりに忍足くんはキスを続ける。
柔らかくて優しいのに抵抗を許さない唇に全てを飲み込まれ、私は諦めて目を閉じた。
こんな所を誰かに見られたら余計に噂が加速する、と思いながら。