ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*二十六話:“いい奴”はやめた*
何も言わず抱きしめているだけで、胸が締め付けられる。
俺はこの子が好きなんだと改めて実感する。
どうして俺は希々が好きなんだろう。どうして俺は希々じゃなければいけないんだろう。
そんなこと、簡単すぎて答えにならない。
俺が希々を好きだからだ。
「忍足くん…………いつもありがとう。私、忍足くんのこと大切に思ってるよ。ちゃんと大好きだよ」
腕の中の微笑みが愛おしい。
いっそこのままこの子を攫ってどこかへ行ってしまいたい。跡部にも他の男にも見つからないどこかへ。
そんな詩のような一文が頭に浮かんで、……俺はいい奴でいることをやめた。
「……希々。俺、……阿呆みたいなことばっか考えてまう。もう末期や」
「忍足くん?」
この子に選ばれたい。
跡部と俺への感情に違いがあるなら、俺への思いが恋情だったらいい。
塞がってしまう傷跡さえ、俺から離れて行く理由になるなら受け入れられない。
瘡蓋になったその傷を抉ったら、また俺を必要としてくれる?
「好きや」
「……忍足、くん?」
――ああ、少し前までは希々の傷が癒えたことを素直に喜べたのに。
それを喜べなくなった俺は、何の資格もないただの最低男だ。
傷が癒えた希々が誰かと恋をするのを応援する?
そんな生ぬるいことを考えていた数ヶ月前の自分を想起し、思わず嗤いが込み上げた。
「……なぁ、今希々の心が跡部に傾いてるのは何でなん? あいつみたいにキスしたら、俺に戻ってきてくれるん?」
「…………え…………?」
「……なんて、そんなん二番煎じやから意味あらへんわな」
希々は俺の腕の中、首を傾げる。
「何の話? 私……忍足くんにも跡部くんにも同じくらい感謝してるよ?」
「生憎、俺が欲しいんは感謝やないんよ」
細い腰を撫でながら、俺は微笑む。罪悪感の回収時は、今を置いて他にない。
「……俺、今も希々の彼氏役やろ?」
希々は眉を下げて小さく頷く。
「俺、希々の役に立てとる?」
「……すごく、助かってるよ」
知っていた。今でも希々は告白される。そのたび俺と付き合っているから、と断っていること。
「……ごめん、もう彼氏役とかお願いするのやめた方がいい……?」
「…………そう、やな。やめた方がええかもしれん」
予想外だったであろう言葉に、希々が目を丸くする。
「忍足くんの負担になってたならごめ、」
「ちゃうん。聞いて?」
ここからが俺のシナリオだ。
跡部にばかりいい思いをさせてたまるか。希々の中に積もった俺への罪悪感を、俺はここで利用する。
「希々の隣で希々のこと守ってたらな、……俺、他の女に目が行かんくなってもうたんや」
「え……!?」
「俺は希々の彼氏役なのかほんまの彼氏なのか、境界線が曖昧になって……希々を欲しい気持ちだけが先行しとる」
希々の額に口づけて、首を僅か傾けた。
「……俺、どないしたらええと思う?」
「…………っ!!」
震える背中を優しくさすれば逃げようとはしない。俺は希々の瞼、鼻、頬、最後に唇にキスをする。
「……希々の彼氏役、ほんまに希々の助けになりたくて言い出したのは確かなんや。けど、今は現実と願望との境界が曖昧になってしもた」
ゆら、と揺れる大きな瞳に映る自分が、意地悪い目をしている。でも俺は止めない。強引に希々の中に入り込むなら今しかない。
冷えた耳朶に唇を寄せ、囁く。
「俺はこれからも希々を支えてやりたい思とる。せやけどもう、わからんのや」
いい奴で終わるくらいなら、忘れられない爪痕を残してやる。
卑怯でいい。俺のことを考えて。俺で心をいっぱいにして。
「俺……希々のこと、これからも支えてやりたい。守ってやりたい。好きな気持ちは変わらん」
「忍足、くん、」
「俺はただの彼氏役なん? ほんまの彼氏やったあん時と何か違う。今の方がほんまの彼氏みたいやなって感じとる。他の女に目も行かん」
答えの出ない迷宮。引きずり込まれたら最後、出られない。
「……なぁ、希々。俺、どないすればええと思う?」
混乱した様子の希々の頬を両手で包み、口づけた。
「、」
抵抗は、なかった。