ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*二十二話:お前が好きだ*
跡部くんの右手が私の髪を掻き乱して、左手が腰を引き寄せる。
「ふ…………」
ゆっくり啄むようなキスが角度を変えて何度も繰り返される。そういえば最初は息の仕方もわからなくて苦しかったけれど、今は呼吸ができる。
ふ、と微かに唇が離れるのと同時に、そっと目を開いてみた。近すぎて判別できなかった端正な顔立ちが遠のき、欲の滲むアイスブルーの瞳と視線が絡まる。
何かを堪えるように切なげなその蒼に囚われて。
「あ、――――」
名前を呼ぶ前に唇が塞がれた。触れるだけのキスは長くて温かくて、まるで時間が止まったかのように錯覚する。しばらく動かなかった跡部くんが再び唇を離して、熱い眼差しで私を射抜いた。
「…………っ」
吐息ごと奪う口づけに、頭の奥が痺れて力が抜けていく。
「も……駄目、ぁとべく……」
「希々……」
「……っ!」
こんな時に名前で呼ばれたら心臓が跳ねる。そんな表情でそんな声で求められて、逃げられるわけがない。
跡部くんはわかってやっているのだろうか。
膝が力を失う直前にソファに押し倒される。
ここに押し倒されるのは一体何回目なのかと考えて、抵抗する余裕がないことに気付いた。
「は……っ藍田…………」
跡部くんの息も上がっていて、薄紅を帯びた頬はぞっとするほど色っぽい。激しいキスをしているわけでもないのに体温が上がっていく。いけないことをしている気分になる。
何となく、このままでは流されてしまう気がした。
私は忍足くんの涙を見た時、申し訳ない気持ちになった。ちゃんと忍足くんとも向き合いたい。忍足くんのことも考えたい。
跡部くんの引力は私の理性的な思考を遠ざけてしまうから。
「ゃ……めて、跡部くん…………」
私は軽く跡部くんの胸を押した。
「……何故だ?」
「……忍足くんのこと、考えたいの…………。このまま跡部くんといたら、私…………流されちゃう…………」
息も絶え絶えに私は訴えたが、跡部くんはニヒルに笑う。
「忍足のことなんか忘れさせてやるよ。……藍田はただ俺に流されればいい」
そんなわけにはいかない。
もう一度彼の胸を押した瞬間。
「俺だけ見てろ、希々……」
「……っ!」
だから、そういうことを言わないでほしいのに。
跡部くんは甘い笑みを浮かべて、何度目かのキスと共に囁く。
「俺を好きになれ、……希々」
「…………っ」
心臓が壊れそうだ。頭が働かない。この雰囲気は駄目だ。
なけなしの抵抗をしようとして、もう腕が持ち上がらないことに愕然とした。こんなふわりとしたキスだけでも動けなくなってしまうなんて知らなかった。
私の知らない感覚ばかり引き出していくこの人は本当に、私なんかの何処がいいのだろう。
至近距離に折れそうな心を叱咤し、私は彼の瞳を見据えた。
「跡部くんは…………私の何処が好きなの?」
「…………疑ってんのか?」
「違う。……経験値ゼロの私を遊び相手に選ぶ理由なんてないから」
跡部くんが今までどれだけの女の子と遊んできたかは知らないけれど、私は高校に入ってからの彼しか知らない。そして彼は高校1年生の期末から私のことが好きだったという。
とても高校生とは思えない色気と、ある意味真逆の一途さの両方を向けられて私は戸惑っていた。
好かれるようなことをした覚えがない。なのに女生徒の憧れの的である彼が私に固執する理由が、わからない。
私は確かに、誰かを好きなのかさえわからない状態だ。ようやくお兄ちゃんへの気持ちが整理できたばかりだ。
そんな状況で何様だと言われるかもしれないけれど、後になって跡部くんの好意が冗談だったなんて言われたら傷付く。
怖い。心の中に入り込んでくるこの人が、怖い。私の中で跡部くんの存在が大きくなっていると自覚してしまったからこそ。
跡部くんは真摯な目で、私に一言だけ告げた。
「――全部だ」
「……っ!」
予想外の台詞に思わず目を見開く。
「無駄に一途なとこも背伸びしてるとこも甘え下手なとこも押しに弱いとこも」
「……っ」
「……気が利くとこも頭がいいとこも、全部だ。挙げきれねぇ」
そんなこと言われたことがない。鼓動が限界速度を超え、私は全力で跡部くんを押し返した。
しかし腕を宙で掴まれて動けなくなる。
「後は何が聞きたい?」
「……っだって、私…………っ」
「俺はお前が好きだ。ずっと好きだった。……だから忍足には渡さねぇ。他の誰にもな」
やめて、心まで流されてしまいそうになる。
「どうせそのうち忍足とも出掛けるんだろうから、今のうちに藍田の頭ん中……俺でいっぱいにしといてやるよ」
「……っ、」
反論は口づけの奥に追いやられてしまった。