ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*二十一話:この関係に名前がなくても*
毎週の定例ミーティングは火曜日にある。当然この日を楽しみにしている俺は、生徒会室でいつも通り藍田が来るのを待っていた。
やがてノックと共に扉が開く。
「藍田」
藍田は控えめに微笑んだ。その笑みに違和感を覚え、俺は立ち上がる。
「……どうした? 何かあったのか?」
藍田はそっと首を横に振る。歩み寄ろうとした俺を制止する手のひらに、不安が渦巻いた。
やはり俺とのデートは楽しくなかったのか。今までの女と同じように豪華ディナーや貸し切りテーマパークをプランニングすべきだったか。
……それはそう、だよな。
ふと自嘲した。何故俺は本当に欲しい女に跡部の全てをぶつけなかったのだろう。
叶うならもう一度だけ、チャンスをもらえないだろうか。
そう言おうと口を開きかけた時だった。
伏し目がちに藍田が声を発した。
「あの、跡部くん……」
「……何だ?」
「土曜日は、ありがとう。すごく楽しかった。選んでくれたピンも可愛くて、……家で大事に使ってる」
…………?
俺は話の方向性が見えず混乱した。藍田は嘘などつかないし無駄な世辞も言わない。
ならば土曜日は彼女にとって本当に楽しいものだったのだろう。今こんなに気まずい雰囲気になっている理由は別にある、ということか。
「本当に、楽しかった。……だから勘違いしないでほしいの。私はお金持ちの跡部くんとデートしたかったわけじゃない。いつも一緒に生徒会室にいる跡部くんと、遊びに行きたかったの」
「……なら、何でそんなに俺と距離をとる?」
「楽しかったから、だよ……!」
俺の目を見て、藍田は悲しげに問いかけた。
「…………ねぇ跡部くん」
「……何だ」
「跡部くんは…………まだ、私のことが“好き”…………?」
「あぁ。俺はお前が好きだ」
藍田は俯く。
「…………あんまり、近い距離で接するの…………やめない…………?」
「――――」
一定の距離を保とうとする藍田の腕を掴んだ。そのまま引き寄せる。
「ゃ……っ跡部くん!」
強く抱きすくめて、髪に顔を埋めた。花のいい香りがする。柔らかくて穏やかで、藍田そのもののような匂いだった。
「…………藍田は俺を……拒絶するのか」
「……っでも、」
「キスを許しておいて、今さら俺を拒絶するのか?」
「…………っ!」
何が彼女をそんなに悩ませているのか。そう考えたのは一瞬だった。目の端に映った濃い跡に、俺は大体の状況を把握する。
右耳の後ろに付けられたキスマークは恐らく奴の仕業だ。藍田の悩みの原因もそこにあると判断して間違いないだろう。
俺はため息と共に、彼女の耳朶に軽く口づけた。
「っ!」
跳ねた肩を抱き寄せて、その背をゆっくり撫でてやる。
「……忍足と何かあっただろ」
「…………、」
「言い辛いなら言わなくていい。俺は前にも言ったが、藍田が俺に愛想を尽かしたか他に好きな奴が出来たか以外の理由で、この距離感を変える気はねぇ」
藍田が軽く息を飲む。
「忍足に申し訳ないとか思ってるんだろ。言っておくけどな、先に藍田の彼氏になって散々いい思いをしたあいつに対して、俺は何一つ後暗いところはねぇぞ」
「…………跡部くん…………」
やがて躊躇いがちに彼女の手が俺の背にも回された。
「……わから、ないの。…………跡部くんも忍足くんも同じくらい大切で特別だけど、忍足くんには跡部くんばっかりだって言われて…………」
「そりゃあ隣の芝生は青いからな」
今藍田が求めているものは何だろう。
俺は華奢な背中を撫で続けながら思考を巡らせた。
「……跡部くんと近いのが嫌なわけじゃないし……拒絶なんてしたくない、けど……。忍足くんはずっと私の隣で支えてくれたから……忍足くんに悲しい思い、させたくないよ…………」
同情で許されるキスがだんだんと日常に侵食してきたことを俺は実感している。僅かに口角が上がった。
元々俺は忍足の立場を羨み、忍足は俺と藍田の距離を羨んできた。所詮人間なんて無いものねだりしかしない。
「……藍田は、何も悪くねぇ」
「……え…………?」
彼女の身体を離し、吐息が絡み合う距離で告げる。
「悪いことなんか何もしてねぇだろ。だからお前は今まで通り俺様のことだけ見てろ。……ついでに見てやるくらいでいいんだよ、忍足なんか」
「ついでに、って。もう、跡部くんたら……」
ようやく藍田の頬に赤みが差した。忍足のことばかり考えているなんて不公平だ。悩むなら俺と奴、両方の狭間で悩め。
俺は眼前の唇に唇を重ねて、囁いた。
「俺を好きになれ」
「命令口調で言うことじゃな、…………っん」
――この関係に名前がなくても、俺はお前を手放すつもりはない。