ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*二十話:寂しさ*
頭がくらくらして、何が起きているのかわからない。忍足くんはいつも優しくて私の気持ちを一番に考えてくれた。付き合っていた時もキスなんてしたことはない。触れる時すら私の許可を求め、怖がらせないようやんわりと手を繋いでくれた。
私にとって忍足くんは紳士的で穏やかで安心できる人だった。
だからこそ、今の状況が理解できない。
「なぁ……跡部とはどこまで進んでるん?」
「な、んの……、こと…………?」
「もう抱かれた後か?」
そんなことあるわけない。あまつさえ私は高校生だ。跡部くんと忍足くんがどれだけ経験豊富なのかは知らないけれど、私の経験値はゼロである。
ずっとお兄ちゃんのことを想ってきた私がそんなに簡単に気持ちを変えられないと、忍足くんはわかってくれていた。わかってくれていたと思い込んでいた。
「……おし、たり、くん」
胸が痛い。あんなに大事にされていたのに、私は何も返せていない。挙げ句跡部くんのことで口を滑らせ悲しませている。
「……忍足、くん……」
私は力の入らない手を何とか持ち上げて、彼の頬に触れた。
「……何しとん?」
「……ごめん、ね…………泣かないで…………」
「は? 何言うて、――――」
透明な滴を指先で拭ってもう一度伝えた。
「ごめんね…………泣かないで………………」
忍足くんはびくっと震えて私から離れた。自分の左目から零れるものが何なのかわかっていない様子で、しきりに首を傾げている。
「わけ……わからん。俺……は…………」
優しすぎる忍足くんは、悲しみを怒りに変えることができずに混乱している。私はよろよろと身体を起こし、彼の伊達眼鏡に手を伸ばした。拒絶されてもいい。あなたの涙を拭ってあげたい。
「……っ!」
一瞬私の手を振り払おうとしたものの、忍足くんは拳を握りしめてすぐ俯いた。
私はゆっくり彼の眼鏡を外し、そっと両頬を手のひらで包んだ。綺麗な藍色の瞳からぽた、と落ちてくる涙に唇を寄せる。
「……ごめん、ね。私はずっと忍足くんに守られてきたのに、何も返せてなかった。せめて忍足くんの涙が止まるまでは、隣に居させて……」
忍足くんは何も言わなかった。私は彼の背中に両手を回して抱きしめる。
「忍足くんは……きっと、自分の心の中を打ち明けるのが苦手な人なんだと思う。私も、そうだから。…………でも、今は言っていいんだよ。私に言っていいんだよ。“寂しい”って…………」
「…………っ! 俺は…………っ!」
忍足くんの声が震えている。私は彼の顔を見ないようにぎゅっと抱きしめて頷いた。
「……うん」
「……っ俺は、希々の初めての彼氏、やのに……! 今も希々のこと、好きで好きでしゃあないのに……!」
「…………うん」
「っなんで跡部ばっか希々ん中入り込んどるん……っ!? 俺は希々の笑顔が見たくて……っそのために何ができるか考えてきた! ……っせやけど…………っ!」
忍足くんは項垂れて、弱々しい両手を私の背に回した。
「……俺のことも、見とってや……。俺のことも、ちょっとは考えてぇや…………」
「……ごめん、ね。ちゃんと考えてる。ちゃんと忍足くんのこと、見てるよ。だから私、授業放り出して此処にいるんだよ」
「……っ!」
「……寂しい思い、させちゃってごめんね、忍足くん。…………よかったら、改めて私とデートしてくれる? もう恋人じゃないけど、……私その日は忍足くんのことだけ考えるから。忍足くんとだけ、」
縋るようにきつく抱きすくめられ、言葉が遮られる。忍足くんの胸に顔が押し付けられて最後まで言えなかったけれど、彼は察してくれたらしい。
「デート、したい。……俺、希々と映画観たいって……ずっと思っててん」
私は微笑んで、されるがまま頷いた。
「……うん、観よう」
忍足くんの本音を聞いたのは恐らく初めてだ。彼は優しすぎて自分より相手を優先させてしまう。しかも相手の心情を読み取ることに長けているから、ずっと自分を押し殺してきたのだろう。
私よりも背が高くていつも大人びている忍足くんが、今だけは迷子の子供のように見えた。私は彼の背中を規則的にぽんぽん、と叩いて繰り返した。
「大丈夫。大丈夫だよ」
「……」
「今週の土曜日か日曜日、空いてる?」
「…………土曜は部活やから、日曜なら」
拗ねた口ぶりに思わずきゅんとしながら、私は忍足くんの心音に身体を委ねた。
「じゃあ日曜日、映画館デートしよう」
無言で強くなった腕の感覚は彼の喜びを表しているようで、私の心もほんのり温まったのだった。