ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*十九話:俺の番*
「希々! おはようさん」
「おはよう、忍足くん」
月曜日、俺は教室に希々が入って来たのを見て頬を緩めた。好きな人を見るとテンションが上がるのは俺だけではないと思う。
「……?」
ふと、今日は彼女の髪型がいつもと違うことに気付いた。普段ヘアスタイルを変えない希々が、右側だけ髪を耳にかけてピンで留めている。
片方だけ見える耳がいやに色っぽい。
俺は視線をヘアピンにずらしつつ口を開いた。
「……希々が髪型変えるなんて珍しいな。めっちゃ可愛えけど、何か心境の変化でもあったん? ただの気分?」
希々は目を丸くして、困ったように微笑んだ。
「忍足くん、普通の男子なら気付かないような女の子の変化をちゃんと見ててくれるよね。……私の失恋に最初に気付いてくれたのも忍足くんだったし」
「それは……」
俺が希々のことを好きだったからだ。希々の夢を壊すようで悪いが、俺は好きでもない女のヘアスタイルを一々把握するほど暇人ではない。
「このピン、昨日買ったの。似合う?」
「似合っとる。希々はそういう柔らかい色のアクセサリー似合うと思うで」
「ほんと? 嬉しいな。さすが跡部く、………………あ」
珍しく、彼女は墓穴を掘った。
俺は瞬時に状況を悟り、希々の腕を掴む。
「……まだ始業まで時間あるやろ。ちぃと俺の話に付き合うてくれへん?」
「…………うん」
希々は気まずそうに頷いた。
昼休みほどの時間がとれないため、授業で使わない美術室に連れ込む。
ここであの日俺は希々の失恋を知った。ここであの日俺は希々に失恋した。
ドアをきっちり閉め、掴んでいた腕を解放して身体ごと抱きしめた。これで希々は身動きがとれない。
俺は耳元で囁く。
「昨日……跡部とデートしてたん?」
希々は肩を震わせた。
「した、よ…………でも、」
「何したん? キスもしたやろ? ……今回は私服で」
「……!」
「もうそんなん付き合うとるようなもんやないか」
俺と付き合っていた時もデートはしていた。が、私服でキスをすることもアクセサリーを選ぶことも、俺はできなかった。まだ傷の癒えない希々に、ただ寄り添ってやりたかったから。
「……これ選んだの、跡部なん?」
ピンに触れると希々の肩が跳ねた。
「あー……何やろ、この感じ。……今すぐ髪ぐしゃぐしゃにしてやりたいわ」
跡部と義務ではないデートをして跡部の選んだ髪飾りをつけて跡部との思い出を増やす彼女を、俺で塗り潰したい。
「お、忍足くん……?」
「――――俺を意識せぇへん希々が悪い」
「え、……っひゃぅ…………っ!」
剥き出しの耳朶に噛み付いた。昨日買った、と希々は言った。ならば跡部ではなく彼女自身で購入したものなのだろう。壊してしまいたい衝動を抑えるだけでも一苦労だった。
「ん…………っ!」
耳の後ろにきつく吸い付く。そこに俺の跡があることに満足してから、荒々しく彼女の唇を奪った。
「ゃ、あ…………っ、んんっ、」
心を閉ざすのは得意だ。しかし今は始業が差し迫っていることも教室が近くにあることも頭から飛んでしまっていた。冷静さの欠片もない。激情が自分を支配しているのがわかる。この後どうなるかなど知ったことか。
俺が、希々を手に入れる。
希々が跡部にふらふらしているなら連れ戻してやる。元彼の色に染まれ。俺の色に。
「……っゃ、おし、たりく……っ!」
きつく抱き締めたまま繰り返す口づけに、希々の息は上がっていく。
――我慢が、できない。
「んん……っ!」
美術室入口の棚に押し倒し、甘い咥内を味わい尽くした。
「……っんぅ…………っ!! ぁ……っ!」
状況を把握できていない希々の手が俺の胸を押すものの、か弱いそれに意味などほとんどなかった。柔らかい髪を掻き乱し、ピンを外して彼女のポケットに突っ込んだ。
「……っ、…………っ」
激しいキスは気付けば希々から抵抗を奪っていたらしい。くたりと投げ出された四肢は動かない。蕩けた顔で苦痛と快感を同時に伝える希々は、俺の理性を崩しにきているとしか思えなかった。
「っ…………っ、ぁ…………」
「は、…………そないな顔、もう跡部には見せとるんやろ? なら今度は俺の番、や」
――キーンコーン、
始業の鐘の音さえ、今の俺を止めることはできなかった。この胸の痛みが嫉妬なのか怒りなのか悲しみなのかも、わからなかった。