ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*十六話:伝えたい気持ち*
放課後、部活がない日は一緒に過ごしてほしいと跡部くんに言われた。跡部くんのお願いを聞いてあげたい気持ちは変わっていないから、頷いた。
今は忍足くんが、お昼を一緒に過ごそうと言ってくれている。
「……」
私は嬉しいのだろうか、と考えて、残念ながら特にそういった感情がないことに落胆した。本当に、私の“好き”とか“ときめき”とかそういったものは、どこに行ってしまったのだろう。
そう言えば、お兄ちゃんと会える日は精一杯のおしゃれをしていたな、と思い出す。
慣れないヘアアレンジ、背伸びした洋服、ヒールの高めな靴、大人っぽいメイク。あのそわそわどきどきした感覚は、まだかろうじて私の中に残っている。きっと今はわからないだけ、なのだと信じたい。
……この先私が、お兄ちゃん以外の誰かを好きになれたら、だけれど。
「……希々、あかん。俺、限界や」
温かい忍足くんの腕の中で、私ははっと我に返った。
「え? 何が?」
「希々が可愛すぎて、我慢できひん」
「何、――――」
ふわりと塞がれた唇は、それ以上の問いかけを許してもらえない。
不意に跡部くんの言葉が脳裏を過った。
『藍田があいつを本気で好きになったなら、この頼みは忘れてくれ。でも、藍田があいつを好きじゃねぇなら…………キスだけは、俺の特権にしてくれねぇか…………?』
「……っ駄目!」
忍足くんのことを好きになったわけでもないのに唇を奪われるのは、跡部くんへの裏切りのようで私は身体を捩った。
けれど忍足くんは離してくれない。
「…………この跡、跡部やろ? あいつばっかええ思いしとるん、もう我慢できひん」
跡部くんに付けられたキスマークを隠そうとした私の手を纏めて握って、忍足くんはぐっと距離を縮めた。髪を柔らかく掻き乱しながら頬に添えられる、大きな手のひら。抗う余裕もなく、唇が重なる。
「ふ、…………っおした、り、く…………っ!」
優しくて包み込むようなキスだった。それなのに抵抗できない。忍足くんの持つ、包容力と色気のなせる技なのか。
理科棟のいつもの場所で、熱いキスが繰り返される。
跡部くんにされたみたいに激しいわけじゃない。けれど、全身で好意を伝えようとするキスは、気付けば私から抗う意思を奪っていた。
ふ、と唇が離れて、至近距離で視線が絡み合う。
「俺…………やっぱり希々が好きや」
「お……したり、くん…………」
「希々ん中で俺、ちょっとは特別になれとる? 希々の心ん中、従兄だけやなくて……ほんの少しでも、俺の場所、ある?」
「…………」
何と答えたらいいのだろう。
私は、跡部くんと忍足くんのおかげでお兄ちゃんへの想いを整理できるようになった。今もまだお兄ちゃんのことは好きだけれど、思い出しても泣くことはなくなった。笑えるようになった。
忍足くんにはテスト勉強でもお世話になっているし、一番辛い時恋人として傍にいてもらった。何かお返ししたいと思っているのは本当だ。
ただ、それらをどう説明すればいいのかわからなかった。
「私…………」
その時再び跡部くんの言葉を思い出した。
『藍田が難しく考えすぎなだけだ』
――そうか。
私は、言葉にしてこなかった。それで伝わるわけがない。どんな種類であれ好意を持っていて、お世話になっているのだ。感謝の気持ちをきちんと言葉にしなければ。
伝えたい、感謝を。
「あ、の…………上手く言えないけど、聞いてくれる……?」
「……おん」
私は軽く息を吸って、口を開いた。
「忍足くんは……特別な人だよ。私が初めてお付き合いした人、だからだけじゃなくて」
「、俺が……初めてやったん?」
そこを聞かれると思わなかった私は、小首を傾げつつ頷いた。
瞬間、忍足くんが顔を背けた。
「そんな笑わなくてもっ、」
忍足くんに抗議しようとその顔を覗き込んで、私は言葉を失った。
「…………忍足くん…………?」
「……っ」
真っ赤になって口元を押さえる忍足くんは、こう言ってはいけないのかもしれないけれど、可愛かった。
「忍足、くん……」
「…………っあかん、嬉しすぎる……!」
ぎゅっと抱き締められて、速すぎる鼓動が耳元を擽る。
私はくすくす笑いながら、その背に手を回した。
「……忍足くんのおかげで、笑えるようになったよ。お兄ちゃんのこと、ちゃんと気持ちの整理ができるようになったよ」
伝えたい気持ちは、一つだけ。
「一番辛い時、傍に居てくれてありがとう。ずっと支えてくれてありがとう。勉強も教えてくれてありがとう。……私にとって忍足くんは、大切な人だよ」
「……っ俺、諦められへんよ……っ! 希々のこと、好きなんや……!」
どう答えるのが正解かなんてわからなかったから、私は苦笑しつつ、確かな気持ちを口にした。
「……うん。…………こんな私のこと、好きになってくれて、ありがとう」
今笑えるのは、あなたのおかげだから。