ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*十五話:気付き*
希々はあれからも俺と過ごしてくれている。それこそ、付き合っていた頃と変わらない程近くにいられることが嬉しかった。
能面のようだった表情には喜怒哀楽が戻りつつあり、以前より頬に赤みがさしたように思う。
「希々、最近元気やね。何やええことあったん?」
「うん! ふふ。跡部くんと喧嘩して、仲直りしたの!」
「跡部と喧嘩!? 何やそれめっちゃ気になる!」
「だーめ。これは秘密!」
くすくす笑う希々に他意はない。わかっていても、苦い想いが込み上げた。
「……生徒会の仕事、忙しいん?」
俺にできるのは話題を切り替えることくらいだった。
希々は首を横に振った。
「うぅん。ちょうど一番忙しい文化祭の準備が終わったところ」
「! ほな、部活ない時一緒に帰らへん?」
今度は希々は歯切れ悪く視線をさまよわせた。
「……ごめん。テニス部が休みの時は放課後一緒に過ごそう、って跡部くんに言われちゃったから……」
その回答は、面白くなかった。
「……ふーん。何や、希々は全部先着順なん? 俺と付き合うの決めたんも、跡部と帰るんも。先に言っとけばOKもらえるん?」
棘のある言い方だと自覚していた。ただ、言わずにいられなかっただけだ。
希々は苦笑いを浮かべ、ごめん、と呟いた。
「私……跡部くんと喧嘩して仲直りして、何か見えた気がしたの」
「……?」
「跡部くんが怒った理由が、わからなかった。忍足くんの話を跡部くんにしてただけなのに、どうして怒られたのか本当にわからなかった」
希々は窓の外に目をやった。
「私…………知らないんだ。恋のライバルが近くにいたことなんて一度もなかったから。お兄ちゃん以外の誰にも興味がなかったから。…………嫉妬、とか、怒り、とか、恋愛に繋がるそういう激しい感情を、……知らない」
そっと伏せられた睫毛は光を反射して銀色に見える。
「今、忍足くんが意地悪なことを言ったのは、跡部くんを優先した私に怒ったから。あの日跡部くんが怒ったのは、忍足くんと仲良くなったことを……友達に報告するみたいに軽々しく言ったから。私が、嫉妬を想像できなかったから」
「希々……」
希々は、どこか吹っ切れたように伸びをした。
「私だって、やきもちを妬くことはあるよ? 仲のいい友達に彼氏ができたら、その子を取られたみたいでもやもやするし」
希々は、ようやく認識したのだ。
俺や跡部が抱える、“やきもち”なんて言葉では到底済まない、燃え上がる“嫉妬”が存在するということを。
「私は跡部くんを信頼してる。忍足くんを信頼してる。同じくらい信頼してるから、先にした約束を破りたくないだけだよ。先着順っていうわけじゃない」
澄んだ硝子細工のような瞳が、俺を映す。
俺はほぼ無意識に、彼女の手を取っていた。
「? 忍足くん?」
「……放課後、跡部にやるなら、昼休みは俺にくれへん?」
「…………」
二人きりになれる時間が、俺だって欲しい。今の俺達はただの友達だ。付き合っているわけではない。希々の行動や時間を制限する権利なんて、俺にはない。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかなかった。部活のない放課後、が貴重なチャンスなのは俺も跡部も変わらない。もうその機会が取られているのなら、別の機会……すなわち同じクラスという運を味方につけるしかない。
「……付き合うてた時みたいに、二人で弁当食べたい。何でもない話して笑いたい。……嫌、か?」
希々は真剣な表情で、首を横に振った。
「嫌じゃ、ないよ。お昼、また一緒に食べよう」
「……っ」
断られなかったことに安堵した。
希々の優しさに、胸が詰まった。
「おおきに、な。希々」
希々は笑って、俺の髪を撫でた。
「忍足くんはいつも私より視野が広くて余裕があって、勉強もできて大人っぽいなって思ってた。……ふふ。今の忍足くんは、ちょっとだけ可愛いな」
「……っ!」
そんなことを言われて我慢できるはずもない。俺はぎゅっと希々を抱き寄せた。
「……っ好きや、…………っ彼氏役、やけど、ただの友達やけど……っ!」
希々は俺を拒絶しなかった。俺の腕の中で大人しくしてくれている。
「……俺、希々が好きや」
何度目かの告白の返事は、もらえなかった。
しかし不思議と、悲しくはなかった。