ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*十三話:裏切りたくない*
忍足くんと話せて、本当によかった。私はお兄ちゃんのことしか見ていなかったから、クラスのみんなや同学年の子たちが他人の恋愛に対してどんな反応を示すかなんて、考えたこともなかった。
……それに、少しだけほっとしていた。
忍足くんが教えてくれたことを跡部くんに伝えれば、私は彼のプライドを傷つけずに済む。あの強い魅力を持つ瞳に対峙できる。
何より。
「あーあ、ほんとに希々が羨ましいー! あたしも跡部様の隣に座りたいー!」
「いや、あんたじゃ何の役にも立たないから、秒で生徒会室叩き出されるわよ」
「わかってるよー! あーあ、あたしも希々くらい頭良かったらなぁー」
「希々は頭がいいだけじゃないから副会長できるの、わかってるでしょ?」
「わかってるってばー! ちょっと願望が漏れただけじゃん! あの麗しいお顔を近くで眺めたいなーって!」
……私は友達を、裏切らずに済む。
「ねーねー希々! 生徒会の仕事中の跡部様って、どんな感じ!? やっぱり寡黙なの? それとも時々雑談してくれたりするの!?」
答えに困った。
基本的に寡黙だけれど突然キスされるなんて、口が裂けても言えない。
私は曖昧に微笑む。
「……みんなの前に立ってる跡部会長、そのものだよ」
その時一人の友人が、「跡部と言えばさ」と口火を切った。
「中学の頃は跡部、来る者拒まず去るもの追わずーみたいな感じだったのに、高校に入ってからそういう噂聞かなくなったよね。誰か好きな人でもできたのかな?」
「……っ」
私は内心の動揺を苦笑いで隠した。
「わ、たしは高校で氷帝に来たから跡部くんの中学時代を知らないけど、……少し大人になっただけじゃない?」
「ええー……そうかなぁ? うーん」
別の友人が窘めるように、彼女の頭をつついた。
「二人とも、興味本位な発言ばっかりいい加減にしなさい。希々を困らせないの!」
「はーい」
「ごめんねー、希々」
私は何も悪いことをしていないのに、何故こんなにも居心地悪い思いをしなければならないのだろう。
生徒会が一年で一番忙しいのはまさに今、文化祭準備期間だ。それもあと数日で終わる。文化祭が終われば、活動は週に一度の定例ミーティングだけ。去年まではそうだった。きっと今年も同じだと、信じたい。
「……」
これ以上跡部くんからストレートに好意と魅力をぶつけられたら、何かが変わってしまう気がして少し怖かった。
お兄ちゃんと夢見たファーストキスも、知らない大人のキスも、全部持って行ってしまった人。氷なんてとんでもない。むしろ跡部くんは炎みたいな人だ。
最初は同情で彼を拒絶しなかった。
そのうち、私と違ってはっきり“好き”を自覚している彼の願いを叶えてあげたくなった。
今は時折、ドキドキさせられてしまう。
跡部くんは強引だけれど、精神年齢が低い他の男子とは違う。むしろ跡部くんの精神年齢は高い、と思う。
そんな彼がわざと強引にキスをするのは、私の頭を悩ませるためだ。私の思考に入り込むためだ。
私はまんまと跡部くんの思惑通り、彼のことを考えてはうろたえている。
今も耳に残って離れない声。
『好きだ。男避けなら俺でいいだろ』
熱すぎる眼差しも、苦しいくらいのキスも、ふとした瞬間思い出して後ろめたくなる。
でも私は、友達を裏切りたくない。
「希々、なんやえらい難しい顔しとるけど、平気か?」
「!」
忍足くんの声で、意識が現実に戻ってきた。本当に彼には感謝してもし足りない。
「うん、大丈夫」
私はほっとして微笑んだ。忍足くんの方に向き直って、教科書を開く。
「ならええけど……何かあったら言うてな?」
「……うん、ありがとう」
忍足くんの声は、低いのに聞き取りやすい。
いつも私を気にかけてくれて、心配してくれる。お兄ちゃん以外で私の小さな変化に気付く、唯一の人だ。
思い返せばここ最近は忍足くんからも、何度か好きだと言われている。
『俺は1年の頃から希々が好きやったんや。…………これからも、希々の彼氏役として役に立ちたい。希々が悲しい思いせんで済むように、守りたい』
守りたい。跡部くんもそう言ってくれた。
忍足くんは強引とは真逆で、いつも私と歩幅を合わせて一緒に歩いてくれる。一緒に悩んでくれる。一緒に考えてくれる。私は忍足くんのことを心から信頼している。
お兄ちゃんのことを相談できるのは忍足くんだけだ。忍足くんは、氷でも炎でもなく陽だまりみたいな人だと思う。隣にいて安らぐ人。
――でも、跡部くんのことを考えても忍足くんのことを考えても、そこに“好き”が当てはまらない。
……お兄ちゃん。
私、ちゃんとお兄ちゃんのこと、好きだったよ。今でも大好きだよ。だけど、どうしてだろう。
私の“好き”って、どんな感情だったっけ?
今ではもう、靄がかかったように掴むことができなかった。