ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
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*十一話:俺の場所*
彼氏役、と聞いて喉が鳴った。
タイミング的に忍足がその位置に収まる方が自然だと頭ではわかっていた。
しかし、付き合っている振りをするだけなら俺でもいいだろ。告白を断る理由なら俺でいいだろ。あいつでもいいなら、俺にしろよ。あの話を聞いた日からそんな考えでいっぱいになってしまう。
俺に喧嘩を売る馬鹿はいないし、雌猫にも手出しなどさせない。生徒会室以外でも藍田に触れられるなら、多少強引にでもその名目が欲しかった。
「跡部くん。文化祭の業者手配、これで大丈夫か最終確認お願いします」
「……あぁ」
跡部財閥に関わるものも関わらないものもあるそのリストに目を通し、判を押す。
「これで一段落するね。お疲れ様です、会長」
「、」
仕事が終わらなければいいのに。
「……今日は忍足と帰るのか?」
「うぅん、一人で帰るよ」
放課後が終わらなければいいのに。
「彼氏役、をしてくれてるだけだから。忍足くんと一緒なのは昼休みくらいだよ。最近は期末が近いからお互い勉強を教え合ってるの」
それは彼氏役と関係ないか、と藍田は笑った。
「跡部くん、やけに忍足くんのこと気にするね。同じ部活だから?」
何気なく放たれた言葉に、思わず唇を噛み締めた。
言えるわけがない。
俺と同じ立場に居ながら、俺が欲しいものを全て手にしているからだなんて。
本物の恋人の座。他の男から庇ってやれる距離。困った時頼られる彼氏役。勉強を教え合う仲。
全部持っているのはあいつだ。同意があろうとなかろうとキスもしたらしい。……キスだけは、俺の場所だったのに。
俺は自身の中に渦巻く感情がひどく不快で眉を寄せた。
「跡部くん? お茶いれて来ようか?」
その綺麗な目を毎日同じクラスで見られるのは忍足で。俺は部活のない放課後、生徒会室でしか見られない。
「……跡部くん? 大丈夫?」
「っ!」
ほとんど反射で、心配からか伸ばされた手を引き寄せた。
「あと、きゃ……っ!」
触れる機会も、話す機会も、俺より忍足の方がずっと多い。彼女の中にある従兄について知る機会も。こんな風に抱きしめる、機会も。
自制できない焦燥感が、身体を動かした。
「……っ!?」
右手で藍田の艶やかな髪を掻き乱し、貪るように口づける。華奢な身体を抱き潰さんばかりに左手に力を込めた。
「……っと、べ、く…………っ!」
頭をぐるぐる回る、あいつと俺の差。渇きが疼く。今まで何とか触れるだけで押し止めてきたキスにさえ、焦らされる。
悪いのは藍田だ。忍足のことなんか考えさせるから。
俺は自分で話題を振ったことを棚に上げ、柔らかい唇に溺れた。
「…………っは、……っぁと、べ、くん……っ!」
いつもなら余裕でいられたその吐息に、何故か今日は理性の箍を外された。
――あぁ、そうか。これが嫉妬、ってヤツか。
初めての感情を冷静に分析できたのは、コンマ数秒の間だけだった。
「……っ、んぅ…………っ!?」
その息も声も、俺で塞ぎたい。その舌が呼ぶのは俺だけでいい。お前が紡ぎ出す全てを俺のものにしたい。
運悪く藍田は俺に押し倒され、言葉にならない悲鳴を上げる。運良く椅子から雪崩落ちた俺は、衝撃の一切を吸収する絨毯の上で甘い咥内を味わった。
「…………っん、ぁ……っ!? んっ、…………っ!」
戸惑い混乱する喘ぎ声は、初めての相手が俺だと教えているようで胸の奥を満たしていく。こんなキスは、忍足ともしたことねぇだろ。そんな意地悪い思いが込み上げた。
俺はテニスであいつに勝てても、藍田に選ばれねぇなら満足なんかできない。
確かにテニスは俺の全てだ。テニスができない絶望だけは味わったことがないし、これからも味わいたくはない。俺の人生からテニスを排除することはできないだろう。
だが、テニス以外に異様なまでの執着を覚えたのは初めてだった。それも特定の人間に、だ。
俺はこいつの何がそんなに好きなのかと、無理矢理彼女の舌を絡め取りながら考えた。
「……っぁと、……く、ん…………っ!」
頭がいいところ。成績がいいところ。その理由が従兄のためという一途なところ。俺の目を真っ直ぐ見るところ。俺が部活で遅くまで残って自主練をしている日、時折こっそり差し入れをくれるところ。感情の機微に敏感なところ。触れられたくないことからはそっと距離を置いてくれるところ。精神年齢が高そうなのに、甘え下手なところ。
脳内で藍田の好きなところを挙げていたら、愛情と同時に色情が加速した。
「、ん…………っ! は……っ、ぁっ、…………っ!」
藍田は真っ赤になって、必死に呼吸を試みている。敢えて息を吸うタイミングで唇を塞ぐ。苦しさから彼女の手は、俺の背中に強く縋り付く。初めて背に回された手は、凛とした態度とは裏腹にひどくか弱かった。
「――好きだ」
生理的に滲んだ涙を拭ってやりながら、俺は欲を隠そうともせず告げる。肩で息をする彼女に、もう一度。
「好きだ。男避けなら俺でいいだろ」
返事を聞く前に、再びその唇を奪った。