ピーター・パイパー(跡部vs.忍足)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*十話:死んでも守ってやる*
この日珍しく、跡部くんは拗ねていた。
生徒会室に入った時から、あからさまにわかりやすく。
「…………あの、跡部くん」
「……何だよ」
いつもならきちんと私の顔を見て話をしてくれるのに、今日は不機嫌そうにぷいと顔を背ける。
本来なら不安に思うところかもしれないけれど、その態度があまりにいつもの完璧な会長と違いすぎて、私は思わず笑ってしまった。
「……何がおかしい。忍足と別れたなんて嘘をつきやがったのは藍田だろ」
「え? 私、嘘なんてついてないよ?」
「俺がお前を好きだと知っていながら、俺の一喜一憂する様を見て楽しんでるつもりか?」
……どうも、会話が噛み合わない。
私は一日を振り返ったが、それらしい事件などなかったはずだ。
「ねぇ、跡部くん」
「何だよ」
「どうして私が嘘をついてるって思ったの?」
跡部くんは小さく舌打ちして、今度は私の目を真っ直ぐ見た。
「……昼休み、忍足と抱き合ってただろうが」
「…………あ、あのことか」
ようやく合点がいった。跡部くんは忍足くんの偽彼氏事件を知らないのだ。まさか見られていたとは。私は苦笑いと共に口を開いた。
「今日の昼休み、ちょっと面倒な告白があって。それを断る時忍足くんが庇ってくれて、まだ彼氏役でいてくれるって話になったの」
「……彼氏役、だと?」
「うん。本当はもう付き合ってないけど、告白を断る時に“忍足くんとまだ付き合ってることにしていい”って言ってもらえて」
跡部くんの眉がぴくりと動いた。
先刻までの拗ねた様子が消えて、綺麗な瞳に熱が宿る。
「……っ」
私は反射的に息を飲んだ。
力強い意思が映る、湖みたいな目。欲の滲む鋭い光が見え隠れする。
私は彼のこの眼に弱い。
跡部くんは席を立ち、ゆっくり私に歩み寄る。
「……藍田はあいつが好きになったのか?」
「、なってないよ」
「どんな経緯があったかは知らねぇが――」
顎を掴まれたと思った次の瞬間には、唇が重なっていた。
「――っ、」
離れた唇から、艶っぽい声が放たれる。
「――彼氏役なら、俺でいいだろ」
「……っだってあの場では、忍足くんが、」
「知るか」
「ん…………っ!」
毎回強引で、本人にも自覚があるのに。跡部くんはそれをやめようとはしない。私なんかとキスをしたって、楽しくないだろうに。
「ぁ……っ」
跡部くんは、抗い難い魅力を持っていると思う。強い眼差しもよく通る声も、女子を虜にする美貌も。
……と言うか。今更思い至ったが、こんな所を彼のファンに見られたら、私はもうこの学園にいられなくなるのではないだろうか。
いつの間にか私の背は本棚に押し付けられていて、触れるだけとはいえ熱いキスが繰り返されている。
「……っ」
慣れている跡部くんと違い、私はファーストキスさえつい先日彼に奪われたばかりなのだ。上手く息ができない。
「待っ、て……っ! 苦し、んん……っ!」
わざと長いキスをする跡部くんは意地悪だ。
「……っは、ぁ…………っ」
ようやく解放されて息を大きく吸うと同時に、足の力が抜けてくずおれた。
無様な私を見下ろして笑えばいいのに、跡部くんは屈んで私と視線を合わせる。アイスブルーの瞳が細められて、燻る熱に言葉を失った。
愛しいものに触れるように、頬を大きな手のひらが滑る。もう一度唇を塞がれて、私はその胸を押し返した。
「……っこんな所、跡部くんのファンに見られたら私、何されるかわからないよ……っ」
どこまでも俺様な彼は、押し返した手を無理矢理掴んで指を絡める。
「……っ」
所謂恋人繋ぎ、に動揺した私を知ってか知らずか、跡部くんは吐息さえ感じられる距離で囁いた。
「何も起こさせやしねぇ。俺が死んでも守ってやる」
「――――」
守ってやる、なんて言われたことはなくて、頭が一瞬真っ白になった。
「……気付いてねぇだろうが、俺が藍田にキスするのは生徒会室でだけだ。そして此処に入る権利があるのは、俺とお前だけだ」
「あ…………」
「雌猫に見られることはねぇ。見られても、俺は何一つ恥じることをしてねぇんだから、堂々と藍田が好きだと言う」
生徒会室の窓はパネル操作式だ。窓を開け放しておかない限り、確かに私が見られる可能性は低い。彼なりに気を遣っていてくれたことを知って、胸が微かな音を立てた。
「……本気で欲しいから、本気で奪いに行く。だが、藍田に笑顔を取り戻してやりてぇのも本心だから……待てる間は俺の持てる全部で、藍田の身体も心も守ってやる」
「跡部、くん…………」
ぽっかり空いたと思っていた場所に、ほんのり灯りが点った気がした。
「俺を信じろ。約束は守る」
「…………仕方、ないなぁ。……信じてあげてもいいよ」
苦笑する私の髪をくしゃりと撫でて、跡部くんはふっ、と笑った。
「彼氏役の変更、検討しておけよ」
偉そうなのに優しいその笑顔に、また胸のどこかが音を立てた、気がした。