ジャックとジル(氷立逆ハー)
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*六話:守りたい*
バスがエンストしたあの日。
俺たちを乗せるため案内してくれた希々ちゃんに、俺はお礼を言った。
『ほんま、ありがとうな』
希々ちゃんは笑って首を横に振った。
『いえいえ。こちらこそ、立海と試合をしてくださってありがとうございます。きっとこの試合経験が、立海のみんなをさらに強くしてくれたと思います』
彼女の中であくまで氷帝はお客様でしかないと伝わった。他の学校との練習試合では、大抵のマネージャーが俺たちに好意的な目を向けてくる。あからさまに連絡先を聞いてくる女子もいた。
そういった女子とは全く違う。希々ちゃんは立海のことしか考えていなかった。立海の生徒としては当然かもしれない。
しかし俺の勘が告げていた。彼女と立海テニス部連中の間には、マネージャーとテニス部員以上の何かがある、と。
立海の誰かと付き合っているのか。
テニス部に好きな奴でもいるのか。
あるいはそれ以上の何かが?
『…………』
しばらく観察していたが、彼女と立海の奴らとの間に初見でわかるような関係性はなかった。彼女が不思議な呼び方をするのも原因の一つだったかもしれない。
精ちゃん、ニオちゃん、ブンちゃん。
誰が彼氏でもおかしくない。
そして彼女は、誰か一人を特別視しなかった。強いて挙げるなら、幸村のことを常に気にかけていたくらいだ。ただそれは好意という視線ではなく、心配、としか見えないものだった。立海テニス部の一員として、部長の病の再発を危惧していたのかもしれない。
……ここまで考えて、俺は我に返った。
何故一度合宿で会っただけのマネージャーが、ここまで気になるのか。
物凄い美人というわけではない。ただ、いつも笑顔の彼女が可愛いと思った。
氷帝にマネージャーはいない。跡部が女子の関与を許さなかったからだ。
俺は女に飢えているわけではない。そういう目的もない。純粋に、彼女と仲良くなりたいと思っただけだった。
しかし彼女に声をかけようとして、気付いた。
『――希々ちゃ、』
『のう、希々ー! 俺のPASMO、何処にあるか知っちょるかー?』
『もう、ニオちゃん! ポケットから出てるよ!』
俺の言葉を遮るように、仁王がどうでもいい質問をした。
『――希々ちゃ、』
『希々ー! 新作のチョコ、食うだろい? 早く来ないと全部食っちまうぜ? ジャッカルが』
『なんで俺だよ!』
『ブンちゃんちょっと待って! それ私が発売日待ってたやつでしょ!? 今行くから待ってて!』
明らかに俺との接触を避けさせるために、丸井が希々ちゃんを席に呼んだ。
立海の奴らは確実に、俺を牽制していた
俺は勘違いをしていたのだと、この時ようやく気付いた。
確かに希々ちゃんの中で立海テニス部は大切な存在なのだろう。
しかし立海テニス部にとっての彼女は、特別という言葉ですら生温いほどの価値を有していた。俺が感じたのは、彼女から立海テニス部への想いではない。立海の奴らから彼女へ向けられている強すぎる想いに、違和感を抱いたのだ。
彼女がそこまで大事にされる理由を知りたかった。立海との繋がりを、奴らとの関係を知りたかった。
彼女の好きなものを知りたかった。
彼女の喜ぶことを知りたかった。
彼女の笑顔を独り占めしたかった。
――それから希々ちゃんの転入を知って、胸が踊った。この辺りから俺は自分の気持ちを自覚し始めた気がする。
希々ちゃんが学校に来た日は立海の奴らに邪魔されず連絡先を交換できたし、それ以降何かにつけて話すようになった。“信頼できる先輩”の位置を手に入れた。
残念ながらその立ち位置は俺だけのものではないが、俺が欲しいのは、もう一歩先の場所だ。
だから。
***
「希々ちゃん!」
「ユウちゃん!」
2年の階まで行って彼女のクラスに顔を出すと、そこには日吉と鳳が揃っていた。
鳳は希々ちゃんと同じクラスなのでいつものことだが、日吉もいるのは珍しい。しかも俺が呼んだのは希々ちゃんなのに、わざわざ日吉がこちらに来た。
「忍足先輩、何か用ですか?」
「あー、日吉にやなくて、希々ちゃんに用があんねん。呼んでもろてもええ?」
「部活のことでしたら俺が伝えておきますが」
コイツ。
俺は頬を若干ひくつかせながら答えた。
「部活のことやないねん。せやけど大人数の前でする話でもあらへんから、ちょっと希々ちゃん借りるで」
日吉はまだ食い下がろうとする気配を見せたが、それより早く希々ちゃん自身が教室のドアまで来てくれた。
「ユウちゃん、2年の階までどうしたの?」
「希々ちゃんに話したいことがあって来たんや。鳳と日吉との話、まだかかりそか?」
「うぅん、大丈夫! ちょうど終わったとこだよ」
この時点で日吉は諦めたらしく、「またな、希々」と言い残して教室を出て行った。
俺はようやく邪魔者のいなくなった空間で希々ちゃんに尋ねた。
「ここで話してもええんやけど、もし周りの女子の目ぇ気になるんやったら、外行かへん?」
俺の切り出し方で希々ちゃんは話の内容を察してくれたらしい。頷いて、素直に俺の後ろからついてきてくれた。
歩いている間、女子生徒からの憧れ、好奇心、嫉妬の視線が希々ちゃんに向けられているのを肌で感じた。それでも先導しているのが俺だからか、邪魔されることはなかった。
「ここ、理科棟に繋がる近道なんよ」
「そうなんだ」
廊下の端から屋外へ出る扉を開き、辺りに人がいないことを念入りに確認した。
俺は希々ちゃんと一緒に外に出てから、口火を切った。
「……単刀直入に言うわ。今の様子やと、希々ちゃん……立海でも女子生徒からの嫌がらせ、受けてたんとちゃう?」
「……どうして?」
希々ちゃんは、すっと表情を消して俺を見上げた。
――やはりこの子は、隠している。
俺が惹かれた満面の笑みとは相反する、聡明さと警戒心。
踏み込まなければきっと、俺は何も教えてもらえないのだろう。これまでも、そして……これからも。
何事も最初が肝心だ。はじめは警戒されても、一度心を開いてもらえれば彼女からの信頼は強固なものになる。
俺は一度軽く息を吐き、なるべく柔らかい笑みを浮かべた。
「……氷帝のテニス部は目立つんや。まぁあの跡部が部長やし、生徒会長やから仕方ないんやけどな。……ただ、立海も目立つと思うんよ。なんちゅうか、その…………」
「“イケメンが多い”から?」
「!」
希々ちゃんは苦笑した。
どこか吹っ切れたように空を眺めて口を開く。
「ユウちゃんはわかってるんだね。自分たちがモテる、ってこと」
「……まぁ、そこそこは、な」
「心配してくれてありがとう。……でも、テニスに支障の出るような問題は絶対起こさないから安心して」
俺は希々ちゃんの横顔を見つめる。
「立海のみんなは自覚してなかったから、いろいろ言われることもあったよ。だけど『別の学校に彼氏がいるからテニス部員に興味はない』って言ったら、女の子は納得してくれたの」
「……ほんまに彼氏が居ったわけやないやろ?」
希々ちゃんは頷く。
「私、彼氏も好きな人もいないよ。だけどそう言えば誰からも恨まれなくて済むから。……もちろん氷帝でもそう言うつもり」
「……そ、うか……」
女子の特性をよく理解している対処法だ。別の学校に恋人がいるなら、取られる心配はないと思ってもらえる。角を立てずにテニス部員と接することができる。
本当に、この子は聡い。
「だから、ユウちゃんは心配しないで。私は自衛するし、テニス部のマネージャーとしてちゃんと働くから」
「希々ちゃん……」
「あっ、もちろん立海との試合なら、立海を応援するけどね!」
「、」
わざと茶化しておどける彼女を守りたい、と、強く思った瞬間だった。