ジャックとジル(氷立逆ハー)
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*三話:宝物*
希々は俺の、俺たちの宝物だった。レギュラーはもちろん部員全員が彼女を慕っていた。希々は誰の怪我にも誰の不調にも、すぐ気付く。
無理をしようとする者には、別の課題を与えた。休養が必要な者には帰宅を促した。
俺が病のことを思い出さずにいられるよう、“心配”という単語を“会いたい”という願いに変換してくれた。
俺の脳裏にふと不安がよぎる時は、思考を読んだかのように必ずじゃれつきに来てくれた。
全てを知って俺を受け入れてくれる彼女に、俺は救われていた。
俺は希々のことが世界で一番大切だった。誰よりも愛していた。……けれど、彼女に救われている身でそんなことが言えるはずもない。
周りには、俺が希々に甘えられているように見えていただろう。柳にも昔言われた。あんなに懐かれて甘えられていてどうして告白しないのか、と。
俺は答えられなかった。
実際は俺が彼女の賢さに甘えていたのだと、口にすることができなかった。
……その境遇を利用して他の男を遠ざけていたなんて、誰に言えるだろうか。
俺は卑怯で弱かった。
希々の家が引っ越すと聞いて、寂しさはもちろん込み上げた。ただ俺の胸中には、彼女と離れることで己が強くなるきっかけになるのではないか、という可能性がちらついていた。
希々に好きだと伝えたかったが、それは彼女が本当の意味で俺に甘えられるくらい、俺が強くなってからだ。
希々がいれば、俺は知らないうちにその優しさに甘えてしまう。なら、今回の別れは俺が自立する良い機会なのではないかと思えた。
***
「……希々がおらんと、真田も心なしか萎んどるな」
隣で仁王が寂しそうに呟いた。
「…………そうだね」
仁王もきっと、希々のことが好きだった。なのにどうして告白しなかったのか。それは恐らく希々のためだ。
希々は立海テニス部を本当に大切にしていたから。彼女が大切な場所に居づらくなるようなことは、言い出せなかったんだろう。
俺なんかより余程男らしい、と悔しくなるのは今に始まったことではない。
「お前さんは寂しくないんか?」
「寂しいに決まってるだろう。毎晩声を聞くことしかできないんだから」
仁王が俺を軽く睨んだ。
「……幼馴染っちゅうんはずるいのう」
「仁王は…………希々の隣に立てる。希々を守れる。俺からすれば仁王の方が羨ましい」
「…………」
何も返さない仁王は、俺の葛藤に勘づいていたのかもしれない。
その時俺は、ふと思い出したことを彼に尋ねた。
「そう言えば……希々がひどく跡部のことを嫌っていたんだけど、仁王から何か聞いたって言ってたんだ。希々に何を言ったんだい?」
仁王はにやりと笑う。
「俺はお前さんと違って、希々の転校には最後まで反対じゃったからな。一番厄介そうな奴のことを教えておいてやったナリ」
「……仁王の“教えた”には詐欺の臭いしかしないな」
「プリッ」
確かに希々は、マネージャーとしての有能ぶりだけでも引く手数多になるだろう。そしてあの笑顔に惹かれる人間が出てくることもまた、時間の問題だろうと容易に想像できる。
「…………そうだね。跡部は一番警戒したい相手かもしれない」
本当ならテニス部に関わってほしくない。でも希々は、テニスが好きだし俺達とも接点のあるテニス部に入る、と言い残して行った。
「……やっぱり、転校させるんじゃなかったかな…………」
彼女と離れて強くなりたい。
彼女を目に届くところに置いておきたい。
矛盾した願いに、俺は苦笑した。