ジャックとジル(氷立逆ハー)
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*一話:お願い*
私は泣いてごねた。
「もう泣かないで……。希々も高校2年生だろう?」
「やだ! 精ちゃんと離れるなんて嫌だよ……!!」
立海に通おうと思えば不可能ではない。ただし片道2時間以上かかるので、どう考えても現実的ではない。そんなことは、私にもわかっていた。
「朝何時だって起きるよ! 帰りが何時になったっていいから、精ちゃんと一緒がいいよ……!」
「朝はまだしも、帰りが遅くなるのは駄目だ。俺も心配になるよ」
やだやだ、と駄々をこねる私の頭を撫でて、精ちゃんは困ったように微笑む。
「希々が氷帝に馴染めるよう、跡部にお願いしておいたから」
「あとべっきんがむなんか知らない……っ! 精ちゃんと……っブンちゃんとみんなと、一緒に卒業したかった……!!」
「ぷっ、」
精ちゃんは吹き出した。
「アトベッキンガム、って……」
「……ニオちゃんが教えてくれた。あとべっきんがむ、って」
むすっ、と頬を膨らませる。精ちゃんは笑って、私を抱きしめる。
「休みには、会いに行くよ。練習試合も氷帝にお願いしてみる」
「…………」
そういう、ことじゃない。
「もう会えなくなるわけじゃないんだから、そんなに泣かないで。……ね? 俺は希々の笑った顔が好きなんだ」
「……っ」
精ちゃんの近くにいられないのは寂しい。立海のみんなと離れるのは悲しい。でも本当に怖いのは、そんなことじゃない。
――精ちゃんの病気が再発したら。
何かあった時、すぐ側にいれば駆けつけることができる。私が祈ることも、私が手を握ることもできる。
でも離れていれば、情報の伝達そのものが遅れるのだ。もし万が一、私が知った時“もう二度と会えない”状況になっていたら。
そう思うと、怖くて仕方なかった。
「精ちゃん……毎日、電話してくれる?」
「もちろん」
「おやすみ、の5秒でいいから、ちゃんと連絡くれる……?」
「わかった」
精ちゃんが、ふっと息を吐く。
「…………ごめんね。俺は幼馴染に心配ばかりかけてる」
「……違うよ、私が甘えてるだけ、」
「俺を心配して、希々がいろんな所で気を遣ってくれてること、知ってるよ。俺に罪悪感を抱かせないために、甘えてくれてることも」
「…………」
精ちゃんに全部見透かされていて、私は俯くしかなかった。
「……ごめん。俺が病気のことを話題にしなくて済むように、いつも君は“俺に甘える幼馴染”でいなくちゃいけなかった。俺はそれを知っていて……年下の希々に甘えてた」
心配を甘えにすり替えれば、精ちゃんが傷つかずに済むと思っていたから。
精ちゃんを心配して様子を見に行くんじゃなくて、精ちゃんに甘えたくて会いに行くことにした。そうすれば、精ちゃんに辛い思いをさせずに済むと思ったから。
精ちゃんに自ら病気のことを口にさせてしまった時点で、私にできることなんてもうない。
「…………違うよ。私は精ちゃんが大好きで、精ちゃんに甘えたいだけの……子供なんだよ」
「…………ありがとう。俺も……希々が大好きだよ」
小さい頃からずっと一緒に育った、一つ年上の幼馴染のお兄ちゃん。強くて格好良い、自慢のお兄ちゃん。でもそのお兄ちゃんは、ある時倒れてしまった。
精ちゃんが病気なんだと知った時から、私の中で精ちゃんは兄のような存在ではなくなった。精ちゃんは強くて格好良くて、……でも、私が守らなければいけない存在になっていた。
「…………ちゃんと、電話して。忙しかったらスタンプでもいいから……元気かどうか、教えて。……お願い」
精ちゃんの腕の中は、爽やかな風の香りがする。温かい腕に目を閉じて、私は「お願い」と繰り返した。
「うん。約束するよ」
精ちゃんの手に、少しだけ力が入る。
これ以上精ちゃんを困らせるわけにはいかない。甘える必要がなくなった今、この約束を取り付けられただけで目的は果たせた。
「……約束だからね!」
私は、涙の名残をごしごし拭って笑った。
「……うん。約束だ」
精ちゃんも、笑ってくれた。
永遠なんてなくてもいいから、この時があと少しだけ続いてくれたらいいのに、と思った。