ジャックとジル(氷立逆ハー)
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*十二話:マネージャー*
それは、俺が希々ちゃんに会いに2年の階まで行った時だった。いつもなら昼休みは鳳や日吉といるか、教室で女友達と話しているのにこの日はクラスにいなかった。
『希々ちゃんですか? そう言えばさっきからいませんね』
彼女と同じクラスの鳳が首を傾げた。
何となく嫌な予感がする。
『希々ちゃんが戻って来たら、俺が捜してたって伝えといてくれへん?』
『わかりました!』
俺は、1年の階から3年の階まで教室棟を回った。
「……?」
ふと希々ちゃんの声が聞こえた気がして、辺りを見回す。3年の階から伸びた廊下の奥。向こうは技術棟だ。家庭科室や美術室や音楽室、特別な技術科目に使われる教室が集められた棟は、基本的に昼休み閑散としていることが多い。
こんな場所に?
訝しく思ったが、階段の位置からでは誰と何を話しているのかわからない。俺は希々ちゃんを呼ぼうとして、出かかった声を無理矢理飲み込んだ。
「っ!」
奥まった廊下の角。今は使われていない旧美術室の前に数人の影が見える。光の届かないそこは、昼間なのにやけに暗く感じた。
威圧的な女子の声が響く。
「藍田さん、テニス部のマネージャーは貴女だけなの。跡部様は女子のマネージャーを許さなかったから。なのに転校してきて早々……。貴女、何かコネでもあるの?」
すぐに出て行くか迷ったが、喧嘩でもなく揉めるでもなく双方の声は比較的冷静だった。ここで俺が出しゃばっていいものかはまだわからない。話の流れを汲み取ることにして、一旦俺は身を隠した。
「いえ、とんでもないです! あの。私が元々、立海大附属高校に通ってたのはご存知ですか?」
明るい希々ちゃんの声が響く。
「えっ、そうなの!?」
「はい。中学から立海のテニス部でマネージャーをさせていただいていたので、信用があっただけだと思います」
希々ちゃんと数人の女子。口ぶりから察するに相手は3年の女子だろうか。
いや、希々ちゃんがどこから来たのかすら知らんで言いがかりつけとったんかい。
内心突っ込みつつ、何かあればすぐ飛び出せる体勢を維持する。
「立海大附属にも素敵な方々がいらっしゃるわよね! 幸村さんとか、柳さんとか!」
「仁王君とも話したことあるの!?」
「丸井君、カッコいいのに可愛いよね!」
希々ちゃんは穏やかに返した。
「はい。お話したことありますよ。それでも彼らとそういう関係になっていないから、生徒会長も私を許してくださったんじゃないでしょうか」
女子生徒の一人が問いかけた。
「藍田さん、テニス部の方々とお付き合いしなかったの?」
希々ちゃんは相変わらず朗らかに答える。
「まさか! 私では分不相応です。私は別の人とお付き合いしていました」
その答えが彼女らには望むものだったらしい。
空気が一気に柔らかくなった。
「貴女ならご自分の立場をわかっているみたいですし、勘違いもしないでしょう。わざわざ呼び出してしまってごめんなさいね」
「今度仁王君の話聞かせてー!」
自分勝手な彼女達に、希々ちゃんはどこか楽しげに聞こえる声音で答えた。
「いえ、先輩方とお話しできて嬉しかったです! 今度、私の知ってる仁王先輩のお話も聞きに来てください!」
「ありがとう、藍田さん」
「じゃあね!」
ぞろぞろと連れ立ってこちらに歩いて来る生徒は5人だった。俺は階段付近でスマホをいじっていたふりをしてやり過ごす。
彼女達が視界から消えたのを確認して、俺は希々ちゃんに駆け寄った。
「希々ちゃん!」
希々ちゃんも帰ろうとしていたようだ。鉢合わせた瞳が丸く見開かれた。
「ユウちゃん! どうしたの?」
「どうしたはこっちの台詞や! 何もされんかったか?」
希々ちゃんは笑った。
「聞いてたのー?」
俺は躊躇ったものの、ありのままを伝えた。
「……ほんまは希々ちゃんに絡むな言うて出て行こうか迷ったんや。けど危ない雰囲気やなかったし、俺が出てって逆に空気悪くしたらあかん思て……すぐそこで待機してたんや」
希々ちゃんは笑う。いつもと同じように。
「気をつかってくれてありがとう! でも優しい先輩達だったし、大丈夫だよ!」
「、…………ならええ、けど……」
「ふふ、ユウちゃんはいろんなことに気付くし気遣いさんだから、気疲れしちゃいそう。いつから聞いてたの?」
俺たちは教室棟へと歩きながら会話を続ける。
「希々ちゃんしかマネージャー居らん、ってとこからや。……他に何か嫌がらせとかされとらん? 脅されたりしとらん?」
希々ちゃんは首を横に振る。
「ユウちゃんが聞いてたのが全部だよ。先輩達、本当に女子のマネージャーができた理由を知りたかっただけみたい」
「……ああいうこと、よくあるん?」
「うぅん、今日が初めて! 転校してきた知らない女子が、大好きな人の近くでマネージャーしてたら理由が気になるのは当然だよ。先輩達、本当にユウちゃんとか跡部ぶちょうのこと好きなんだね」
「…………」
俺の名前も出たことが不本意だ。氷帝はクラス数が多く高校からの入学組もいるため、顔と名前が一致しない生徒も多い。
俺の前を通り過ぎた女子5人組を俺は知らなかった。全員跡部の追っかけかと思っていたが、俺の取り巻きもいたのか。
今までまとわりついてくる女子を何とも思っていなかったが、好きな子を怖がらせたかと思うと彼女達に嫌悪感が湧いた。
「……希々ちゃん」
「なぁに?」
「何かあったら教えてな。希々ちゃんは大事で有能なうちのマネージャーや」
希々ちゃんは嬉しそうに笑った。
「ありがとう!」
その笑顔が、俺の胸を締め付けた。
他人に向けるその笑顔は、立海の奴等に向けられていたものと同じだった。