ジャックとジル(氷立逆ハー)
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*十一話:面倒な後輩*
幸村は勘づいているが、赤也の落ち込み様はただ事ではなかった。真田の鉄拳をくらっても浮かないまま、毎日怒られている。
怒られても言い訳すらしない。テニスに集中できていないのは一目瞭然だった。
『失恋ごときでラケットを落とすとは、たるんどる!』なんて言われていたが、あの赤也がここまで落ち込む相手だ。誰かなど容易に想像できる。
幸村は絶対に口にしないだろう。となれば、先輩として俺が教えるしかない。
まったく。
丸井も柳生も参謀も、こういう時にあてにならんとは。
あいつらこそ真田に張り倒されればいい。
損な役回りだが、放置して希々が悲しむようなことがあれば俺は赤也に手を上げてしまいかねない。
「幸村、ちぃと赤也借りてくぜよ」
俺は赤也を連れて堂々と部活をサボることにした。
幸村は軽く頷いていたから、俺が怒られることはないだろう。
「……ほら、しっかりしんしゃい」
今にも死にそうな赤也に声をかけると、「……何スか、仁王先輩…………」と今にも死にそうな声が返ってきた。
「おまんが知りたいことを教えちゃる。……希々の名前を出さなかったことだけは褒めてやってもいいぜよ」
「!」
久しぶりに赤也の目に光が戻った。
「人の居らんとこで話す。今の時間なら中庭が空いとるじゃろ」
「……うっス……」
大の男一人引き摺るはめにならなくてよかった。
俺の後ろをついてくる赤也はいつになく大人しい。
面倒な後輩を持ってしまった俺の口から、はぁ、とため息が漏れた。
***
中庭には思った通り人がいなかった。
部活動で使われることがあるため、この時間は比較的穴場なのだ。昨日は確かブラスバンド部が使っていて、テニスコートまで音が響いていた。
中央には名前のわからない大樹が植えられている。
ぐるりと円形のベンチが大樹の周りに配置されており、中庭の四隅にもベンチが置かれている。附属高校故か、生徒に親切な作りではあった。
「……さて」
俺は一番人目につかない西側ベンチに腰を下ろした。
「突っ立ってないで座りんしゃい」
「……あ、じゃあ……失礼しますっス……」
赤也は居心地悪そうに、一人分の間をあけて横に座った。大方、話の内容だけでなく何故希々の名前が出たのかと聞きたいのだろう。
まぁ、確かに赤也は希々へのアピールが恋愛というより親愛に近いと思っていた。だからこそ釘を刺すのを忘れたわけだが、クラスの女子にフラれたという中学時代の3倍落ち込んでいれば、さすがの俺にも見当がついてしまう。
きっと赤也も言うのを我慢していた。ただ、我慢が足りなかった。普段のこいつを見ていれば推して知るべしだ。
「まず、確認じゃが……おまんがフラれた相手っちゅうのは、希々で間違いないか?」
「はい……」
赤也は俺を見て問う。
「仁王先輩はどうして俺の失恋相手が希々だってわかったんスか?」
俺は赤也の方を見ず、中央の大樹を見ながら答えた。
「赤也がフラれたことを隠す相手が、希々しか居らんからじゃ」
「へ?」
「おまん、中学時代好きな子にフラれた言うて愚痴っとった時あったじゃろ。あん時はその子の名前まで叫んどった。それが今回はだんまりじゃ。……おまんが俺らに隠す相手……それが希々しか考えられんっちゅうだけの話ぜよ」
「すげー、柳先輩みてー……」
「茶化すな、阿呆」
俺だって希々の全てを知っているわけではない。知りたくても教えてもらえないから。
それでも、赤也の行動は許せなかった。
「……約束しんしゃい。希々には告白の話を蒸し返さんと」
赤也は項垂れた。
「……頼まれても、蒸し返したりできねーっス。あの日の希々、希々じゃねーみたいで…………」
この凹み具合なら、本当に希々のトラウマをほじくり返す危険はなさそうだ。
俺は空を見上げた。夕暮れの橙と紺が混じり合う空は、まるで希々のようだった。
「……これは、俺達全員の失態ぜよ。中学時代……希々は俺達のせいで虐めを受けてたんじゃ」
「……は? 俺、そんな話一度も聞いたことないっスよ! 希々とは中1から一緒だったじゃないっスか!!」
「そうじゃ。……希々は、隠し通した。俺達は気付くことすら出来んかった」
赤也が静かになった。何とか声を絞り出しているのがわかる。
「……幸村部長も、知らなかったんスか…………?」
「幸村だけじゃなく、希々の両親さえ知らんかった。ちなみに両親は今も知らんらしい」
「……」
あの笑顔を微塵も雲らせず、誰にも悟らせず、希々は一人で耐え切ってしまった。約一年続いたというその虐めは、肉体的に傷を負うものではなかったそうだ。だから気付けなかった、なんて言い訳にすらならないが。
最初は革靴や傘、次は上履きや教科書、最後はありとあらゆる私物を隠されていたという。物的証拠はない。文字通り消えた彼女の私物は何一つ戻っていないから、もしかしたら燃やされていたのかもしれない。惨いその仕打ちは希々が中学2年の間、クラス替えまで続いた。
毎日、毎日。何度も。
「犯人は結局わからず終いじゃった。希々の行動範囲と移動時間を全部把握しとったらしいから、恐らく複数犯じゃろう。……ただ、理由だけはハッキリしとった」
希々の机に手紙が入っていたそうだ。そこに書いてあった。
「テニス部レギュラーに色目を使うな、っちゅうんが理由らしいぜよ」
「な……っ!」
俺とて伝聞でしかない。
――あれは希々が中3、俺達が高1になってしばらく経ったある日。彼女がふと会話の流れでこぼしたのだ。さすがモテる立海テニス部は違うね、と。
『もう終わったことだし、犯人? もわからず終いだから、みんなは気にしないでね!』
隠していたことをうっかり言ってしまった、という雰囲気ではなかった。
まるで“昔犬を飼っていた”という世間話のように、ごく自然に希々は口にした。そしていつものように笑った。
その笑顔を前にして何があったのか問いただすことなど、できるわけがなかった。
何があったのかを細かく調べたのは幸村だ。
「せっかく平和になったっちゅうのに、色恋の話なんてしたら希々の傷が開くじゃろ」
「……っ俺……っ!! なんつーこと、希々に言っちまったんだよ……!!」
「…………知らんかったんじゃき、仕方ないぜよ」
だから俺達は希々に好きだと言えない。
しかし俺はもっと根本的なことが気になっていた。ずっと昔からあった違和感が、その時初めて形になったとでも言えばいいのかもしれない。
“何故、誰にも悟られないまま一年も過ごせたのか”。
登校のたび自分の持ち物があるか不安になるだろう。授業中はクラスメイトに敵意を向けられているかもしれない状態で、下校のたび私物が消えている。下手をしたらクラス全員が敵だ。両親にも友人にも部活のメンバーにも、何かの理由で言い出せない。
この状況が一年続いて、果たして心がすり減らないものだろうか。
笑顔にも態度にも変化を見せず、両親にも俺達にも友人にも気付かせなかった。虐めの事実を完璧に隠し通した希々は、もっと重要な何かを隠しているような気がしてならない。
本当に触れられたくない何か。もっと彼女の奥深くにある、守りたいもの……あるいは欠けているもの。
“それ”に触れることができた時、初めて俺達は告白する権利を得られるのではないか。
そんなことを考えて、感傷的になった。