3章
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*十四話:永遠の誓い*
家に帰ってすぐ、シャワーを浴びていいかと聞くと景吾は頷いた。俺も浴びてくる、と言って二人違う階のバスルームに向かう。
「…………」
シャワーの温かさにほっと息をつくも、何だか落ち着かなかった。髪をタオルで乾かし、自室のベッドに腰掛ける。
「…………」
気のせいなんかじゃない。
いつも景吾と一緒に過ごしている部屋が、青白い月光のせいか見知らぬ場所のように見えた。胸がドキドキと速い鼓動を伝えてくる。
「…………」
一緒に生きてほしい、と自分から言ってしまった。
この台詞は、男としては景吾から言い出したかったと思う。けれど弟としての景吾は、たぶん言い出せないから。
『…………俺は希々に、プロポーズ、できねぇから…………』
あの日の景吾の寂しそうな声は、今でも忘れられない。
翔吾さんにお断りする時も侑士くんに謝る時も、景吾はずっと不安そうだった。何度も私に夢じゃないかと確かめた。そんな景吾にどう伝えるべきか、本当に迷った。何度も考えた。
言い出しやすい空気を作ってあげるべきなのか、景吾が罪悪感や劣等感に苛まれない方法を探すべきなのか。
けれど今までのことを一つ一つ思い出したら、答えは驚くほど簡単に出た。
苦悩しながら告白してくれたのも、私の涙を拭ってくれたのも、誰よりも多く“愛してる”と言ってくれたのも、景吾だった。私がしてあげられたことなんて正直思いつかない。それでも景吾は私に甘えられる時間が好きだと言った。
だからこの台詞は、姉として私から言い出そうと決めたのだ。
私からの言葉に子供みたいに何度も頷く景吾は可愛くて愛おしくて、胸が締め付けられた。思い出してくすりと笑ってしまう。
ベッドのサイドテーブルに置いたジュエリーボックスを見やるのとほぼ同時に、小さなノックが響いた。
「……はい」
鍵はかけていない。
ガチャ、とドアを開けて入ってきた景吾を見て、息を飲んだ。
バスローブ姿の景吾は、今まで見たことがないほど色っぽかった。後ろ手に鍵をかける慣れた動作さえ、私を動揺させる。
「……っ」
鋭い瞳は僅かに熱を孕んでいた。
濡れた髪から落ちた水滴が、はだけた首筋を伝う。ほんのり色付いた肌も薄く形の良い唇も、見てはいけない気がしてそっと目を伏せた。
「……姉貴、こっち見てくれ」
「……っ!」
心臓が煩い。プロポーズ紛いのことをしてしまった手前、景吾のことをただの弟として見ることはもうできない。視線のやり場に困って俯く私の頬を、景吾の温かな両手が包む。
景吾は屈んで目を閉じた。吐息が近付いて、私も緊張しつつ目を閉じる。
ふわりと柔らかく唇が重ねられた。屈んだ姿勢は辛いだろうに、体幹がしっかりしている景吾はそのまま動かなかった。私も幸せな口づけに身を委ねる。
長いキスだった。触れるだけの優しいそれは、恐らく1分ほどだったと思う。
やがて景吾は唇を離すと私の髪を撫で、ベッドの奥へ向かった。
「あ、それ…………」
「俺もシャワーの前にここに戻しておいた」
サイドテーブルのジュエリーボックスに並ぶ二つの指輪。
景吾はシルバーのリングを左手の薬指に嵌めると、私の指輪を引き抜いた。
「景ちゃん?」
「……忍足との話し合いが上手く解決したら、聞いてほしいことがあるって言ったの覚えてるか?」
「うん」
「今から……聞いてくれる、か?」
私は頷いた。
景吾はベッドに腰掛けたままの私の足元に跪き、私の左手を取る。
左手の薬指に口づけながら、月明かりに照らされた王子様は真剣な表情で私を見上げた。
「……愛してる。俺、跡部景吾は、跡部希々のことを……この世の誰よりも、何よりも愛してる」
アイスブルーが、熱い。
「俺は神には祈らない。だから、希々に誓う。……この愛が生涯変わらないことを」
景吾がゆっくり立ち上がる。私も自然とベッドから腰を上げる。身長差で位置関係はほとんど逆になってしまった。
景吾を見上げて思う。以前からわかってはいたが、改めて目の当たりにするとこの子の顔は彫像のように美しい。白い肌、すっと通った鼻筋、切れ長の瞳。泣きぼくろさえ、チャームポイントどころか色気を増幅させている気がした。
「姉貴」
景吾は真剣な眼差しで私を見つめる。
「……なぁに?」
私は微笑んで、少しだけ首を傾ける。
「……姉貴を、俺にくれ。必ず幸せにすると誓う。必ず幸せになると誓う。だから……」
時が、止まった。
「俺のものになってくれ」
「……はい」
頷くと同時に、左手の薬指にピンクゴールドの指輪が嵌められた。
「景、――――」
手を繋いだまま、流れるようにベッドに押し倒される。反動で私のローブがずり落ちた。
「景、吾……っ」
「最後までは、しねぇから」
「……っ!!」
バスローブの下は下着しかつけていない。
私は恥ずかしくて強く目を閉じた。
「……希々、綺麗だ」
バスローブがゆっくり脱がされていく。タオル地と素肌が触れるだけで、敏感になった身体が小さく痙攣した。
「…………希々、可愛い」
景吾は私の身体に触れながら何度も可愛い、と繰り返した。合間に唇が優しく重ねられる。
「……っ、んっ!」
気付けば深く求め合うキスへと変わっていて、喉から甲高い声が漏れるのを必死に抑えた。
慣れ親しんだ舌が上顎を愛撫し、唇ごとやんわりと吸い上げる。
「…………っ!」
頭が一瞬ふわりと浮いた。
私の力が入らないのをいいことに、景吾もバスローブを脱ぎ捨ててしまったらしい。
驚いて目を開くと鍛えられた上半身が視界に入って、猛烈な羞恥心が込み上げた。
「っ! 景ちゃ、」
「――――愛してる」
「、」
指を絡めてぎゅっと握られる。左右どちらも繋いだ手は温かくて、指輪がひんやりと存在を主張していた。
景吾は熱を帯びた眼差しで私を射抜く。
「――もう他の男にはやらねぇからな」
「ん……っ」
景吾の唇が頬や耳朶をくすぐって、徐々に降りてくる。首筋を強く吸われて、そこに跡が付いたのだと知る。喉や鎖骨にも舌が這わされ、吐息と共に口づけられる。
「……っ」
不意に恥骨の辺りをすっと撫でられて、ぴくりと反応してしまった。
「……もう残ってねぇな」
「ぇ……?」
「あの日付けた俺の印」
「!!」
侑士くんと話し合う、と言ったあの日のことだ。思い出しただけで顔に熱が集まった。
「や……っ、恥ずかし……っ、」
「俺がつけたんだから今更恥ずかしいも何もねぇだろ? あーん?」
「……っ!!」
鳩尾から下腹部にかけても丹念に口づけられる。その様はまるで、神聖なものに忠誠を誓う騎士のようだったが。
「っゃだやだ、恥ずかしい……っ」
如何せん私は限界だ。自分の身体に景吾が華を散らしていくのを見せられている。反射的に景吾の髪をくしゃりと掴むと、不満げな視線が返された。
「……俺だけのものにしてるんだから、我慢しろ」
「でも、……っ!」
反論は重なった唇の奥へと追いやられた。今日の景吾はどこか余裕がない。肌が触れ合うのは初めてで、私の頭も上手く機能しない。
熱くてあつくて、くらくらする。抱き合う温もりが背徳感なんてかき消してしまった。
口づけて舌を絡めて、貪るように求めた。時折歯が当たるのも気にならない。互いの咥内が一体になったかのように食んで吸い合う。呼吸はとうに乱れて、静謐な部屋に荒い息遣いが満ちている。どちらのものともつかぬ唾液を飲み込んで、それでも離れるのが嫌で何とか舌を伸ばす。
「……っんな顔、反則だろうが……っ」
「ん……っぁ、景、ちゃ…………っ」
激しすぎるキスが降ってきて、半ば酸欠になった。ぼんやりする頭で、切なく歪んだ景吾の瞳を見やる。
「……好きだ、希々。愛してる……」
「わ、たし、も……………………」
私が動けないのをいいことに、景吾は脚へと口づけ始めた。以前もそうだったが、これが一番恥ずかしい。両脚の付け根を指先で触れられるだけで勝手に身体が跳ねてしまう。閉じても開かれる内腿。膝やふくらはぎなんて美味しくも何ともないだろうに、景吾は丁寧にキスしていく。小さな華が身体中に付けられる。
「も、らめ……け、……ご…………っ、んあっ!」
「次は背中…………な」
弱い項や背中を攻められて、声を抑えられない。自分の声を聞くことすら恥ずかしくてクッションに手を伸ばすも、当然のように阻止された。
「け……っご、いじわる、しな、……で、っぁん……っ!」
「……全部聞かせろ。俺を感じてる声、全部……」
のけ反った耳に噛み付かれ、舌先で愛撫され、くちゅ、という水音にまた感じてしまう。結局私は自分の手で口を覆って、どうにか声を押し殺した。
「この間知ったが……希々、背骨と腰、弱いよな」
「……っ!」
そんなこと私だって知らない。
「明日は休みなんだ。今日は声が枯れるまで叫んでくれたっていいんだぜ?」
「っばかぁ……っ!」
今日の王子様は随分意地悪だ。
「俺がこの瞬間を何年待ち続けてたか……朝まで身体に教えてやるよ」
「景、」
「――もう、俺のものだからな。この手は死んでも離さねぇ」
欲を宿したアイスブルーが、同じくらい深い愛情を映して私を見る。
ふと泣きそうな声音で景吾は言った。
「……希々、永遠に愛してる。俺は今まで姉貴と血が繋がってることを恨んできたが…………今なら言える」
「、……?」
荒い息を整えながら、私は景吾の顔を仰ぎ見た。
「――希々に出会えてよかった。あんたを、誰より近くで誰より長く愛せてよかった。俺は不幸なんかじゃねぇ。……すげぇ幸せ者だ」
「……っ! うん……っ」
私の目にも涙が滲んだ。
「……俺を幸せにしてくれてありがとう、希々」
「……っ私を愛してくれてありがとう、景吾」
指輪はもう体温に溶けて温かい。
手を繋いで交わしたキスを、蒼い月だけが見下ろしていた。