3章
夢小説設定
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*十二話:大好きな声*
侑士くんと話をする、と言って景ちゃんは今日の仕事を休みにした。秘書の私も休みになり、部屋で不安を抱えたままベッドに寝転がっている。
昨夜私を抱きしめて眠った景ちゃんが、朝早く私を起こさないよう出て行ったことは知っている。何と言って送り出せばいいのかわからなくて、私は寝たふりをしてしまった。
「景ちゃん…………」
大事になっていないだろうか。穏便に済むのだろうか。私はもう侑士くんのものになる覚悟ができているのだから、本当は危ない真似なんてしてほしくない。
それでも覚悟の裏にまだ息を潜めていた、“苦しい”という思い。私よりも私をよく知っている景ちゃんが気付かないはずがない。
景吾が無事に帰ってきますように。
景吾が奇異の目に晒されることになりませんように。
景吾がこれからも笑顔で頑張れますように。
そう祈っていた時だった。
ガチャッ、
珍しくノックもなしに部屋のドアが開けられて、思わずびくっとして振り向く。
「希々っ、」
「け、いちゃん……!」
まだお昼前だ。話とやらは何事もなく終わったのだろうか。
不安を隠せない私を前に、景吾は堪えきれなくなったように駆け寄ってきた。
「希々……!!」
息もできないくらい強く抱き締められる。
「景、吾……?」
「希々、愛してる、好きだ、愛してる……っ」
かと思えば顔中にキスの雨が落とされ、最終的に唇が塞がれた。おかげで私は何も言えない。
とりあえず景吾を落ち着かせようと彼を抱き返し、キスに応える。
やがて唇を割って舌が絡め取られた。しかも落ち着くどころか景吾は私の後頭部に手を回し、荒々しく口づけを深める。
「ん…………っ」
すぐに力が抜けてしまう私を知っているから、景吾はキスをしながらベッドに押し倒す。こうなったらもう、主導権は私にない。
「ぁ…………」
結局景吾の気が済むまでキスされ続けて、気付いた時には唇の感覚がなかった。
――――――…………。
――――……。
――……。
「…………悪い」
ベッドに横になった状態ですっかり動けなくなっている私の頬を、同じく横になった景ちゃんが撫でる。
「……景ちゃんの、ばか」
「だから、悪かったって……」
景ちゃんの声色から、とりあえず話とやらが穏便に済んだことを感じ取った。しかし案じていた身としてはやはり事の顛末を聞かないと安心できない。
「……侑士くんと、話……できたの?」
「あぁ。和解した。これで姉貴はもう、無理に忍足と結婚しなくて済む」
「…………でも……」
景ちゃんは目を細めて意地悪な質問をする。
「……あいつと結婚したかったのか?」
「…………もう景ちゃんなんて知らない」
私がふてくされて目を閉じると、景ちゃんは「ごめん」と言って頬に口づけた。
額に、瞼に、頬に、優しく降り注ぐキスに、私は目を開ける。
勇気を出して、頼もしいアイスブルーに今までのことを打ち明けた。
「…………侑士くんに……景ちゃんと私のこと、みんなに話すって言われて……」
景ちゃんは泣きそうな顔で微笑んで私の髪を撫でる。
「それも大丈夫だ。あいつはもう、そんな卑怯なことはしねぇ」
私は景吾の目を見て、それが虚勢でないことを知った。
「私……私が侑士くんのものになって、景吾が今まで通り副代表でいられるなら……それが一番いいと思って、」
言い終わらないうちに、痛くないデコピンが額を打った。
「ふひゃ!?」
「この馬鹿姉貴。その思考をどうにかしろ……っつってもできねぇからこうなったんだよな」
私は頬を膨らませて景吾を見上げる。
景吾は私の頬から耳朶へそっと指先を滑らせ、髪を耳にかけた。
壊れ物に触れるような、安らぐ手つき。
「……希々、嘘偽りなく答えてくれ。あんたは榊翔吾と結婚したいか? 忍足と結婚したいか?」
目を閉じて、愛情の滲む指先を感じながら私は笑う。
「……ふふ。景ちゃんが教えてくれたんだよ? 自分の幸せは、自分が知ってるって」
髪を一本一本梳かすようなゆるりとした動きは、だんだんと眠気を誘う。
「私の幸せは……景吾の隣に、あるの。翔吾さんにはお断りするつもりで、それを侑士くんに言ったら……こんなことに、なっちゃって…………」
ここ数日深く眠れなかったから、安心したら睡魔が襲ってきた。
でもまだ私は景ちゃんと話したい。
もう少しその髪に触れたい。
抱きしめていてほしい。
「景……ちゃ…………」
「……明日、ちゃんと話すから。今日はもう寝ろ。隈できてんじゃねぇか」
「や…………だ…………景、ちゃ……行かな……で…………」
酷く重い瞼の向こう、久しぶりに私を見つめるアイスブルーが近くにあって涙が零れた。ずっと昔から一緒だったその瞳。ずっと愛してきてくれた。守ってきてくれた。傍にいてくれた。
ねぇ、もうどこにも行かないで。ずっと傍にいて。他に何も要らないから。私も覚悟、できたから。
景吾の袖を掴んだ指からも力が抜け、消えそうな意識の端で。
「どこにも行かねぇよ。ずっと此処にいる。ずっと。……だから安心しろ、希々」
大好きな声が聞こえた気がした。