1章
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*六話:終わりを告げる刹那*
忍足くんに、好き、と言われた。
目の保養としてではなく、女性として好きだ、と。
他の人からの告白に対しては、応えられなくて申し訳ないという気持ちが勝っていた。でも忍足くんの告白には、私の知らない熱が確かに存在していて。
「…………っ!」
思い出すだけで、頬が熱くなる。
背は確かに私よりもずっと高いけれど、今まで抱きしめられても抱きしめても、それは景吾に対する感覚に似ていた。
今日は、違った。
私の前にいたのは、弟みたいに可愛い忍足くん、ではなかった。
「……っ」
一人自室で悶々と考えていても、鼓動は速くなるばかりだ。私は冷静さを取り戻すべく、テラスに出た。
夜の星が綺麗だ。若干肌寒いテラスを数歩進んだところで、景吾もいることに気付いた。ウッドデッキの先、ガウンを羽織って寝転がっている。
「景吾」
「……あぁ、希々か」
名前で呼ばれて、小さな違和感を覚えよくよく見れば。
なんとこの高校生、片手にワインなどを持っている。
「ちょ……っ、景吾は未成年でしょ! こんなの飲んじゃダメ!」
「16で成人の国もあんだろーが、あーん?」
「完全に酔っ払ってるじゃない!」
何を考えているのか。私はワインを取り上げた。景吾は特に抵抗せず、舌打ちをした。
どこか子供じみた態度に、怒りが消えていく。
「もう…………」
薄明かりの下で、景吾は憂いを帯びた表情を見せた。伏せられた長い睫毛が、微かに赤い頬に影を作る。
「……そんなかっこじゃ寒いだろ。こっちこい」
引き寄せられて、ガウンが掛けられる。二人分の肩を覆うその大きさに、私は大人しく景吾の横に腰を下ろした。
「こんなおっきなガウン、どこから持ってきたの?」
「親父の部屋にあったのをくすねてきた」
「どうして?」
「……ここで、寝ちまってもいいように」
呆れたことに、景吾は酔ったまま屋外で眠ることさえ視野に入れていたらしい。
「もう夏じゃないんだよ。馬鹿じゃないの?」
「うるせー。姉貴面しやがって……」
「風邪引いちゃうでしょ」
「俺は馬鹿だから風邪をひかねー」
幻聴か。あの景吾が、自分で自分を馬鹿だと言った。酔うと弱音が出るのだろうか。
私は景吾の髪を撫でた。
「…………」
いつもなら子供扱いするなと怒る景吾が、今日はされるがまま黙っている。
何やらいじらしい様子に、私はゆっくり彼の髪を撫で続けた。
ぽつりと、景吾がこぼした。
「…………なんで忍足と抱き合ってたんだよ」
少しの動揺を隠し、私は事実だけを教える。
「告白、してくれたんだよ。忍足くん」
景吾は拗ねたように鼻を鳴らす。
「あいつが希々のこと好きなんて、だれでもわかる。知らなかったのはあんたくらいだ」
「そ、そう言われても……」
景吾は膝に顔をうずめて、頼りない声を出す。
「……付き合うのかよ」
「ええ!? そ、そんなことしないよ! 私、好きって気持ちもわからないのに」
「…………わかんないままでいてくれよ…………」
本当に、どうしたんだろう。
こんな景吾、見たことがない。天上天下唯我独尊を地で行く景吾からは、想像もできない姿だ。
泣きそうな声が聞こえた。
「……っ俺はあいつが、うらやましい」
「……どうして?」
「希々に好きって言える」
「景ちゃんだって言えるでしょ?」
「俺は言えない……」
ど、どうしよう。困ってしまった。
何を思ってか慣れない酒などに手を出し、こんなにも弱りきった弟にどう接するべきなのだろう。
でも、これは景吾の本音を聞けるチャンスかもしれない。
私は姉として、景吾を守りたい。景吾はいつだって私を守ってくれた。なら、今度は私が景吾の心を守る番だ。
「……景吾」
「……んだよ」
「私、景吾が好きだよ。喧嘩しちゃっても、大好きだよ」
景吾が黙り込む。
「昨日は……ごめんね。きっと私、勝手にいい弟の像を作って景吾に押し付けてた。品行方正で優しい景吾は、恋愛もきっと一途なんだろうって、勝手に思ってた」
「…………」
「……景吾の言う通りだよ。景吾が誰とどう恋愛するかなんて、私が口出しすることじゃなかった。ごめんね」
静かな夜のテラスに、音一つない。
「……でも、もし辛いことがあったなら話してね。私にも、話を聞くことくらいはできるから」
不意に、景吾は顔を上げた。
「……忍足と、なに話してた?」
「え? えっと、私のどこが好きなのかとか、名前で呼んでほしいとか」
「名前、で?」
「うん。これからは忍足くんじゃなくて、侑士く――――」
世界が、時を止めた。
それ以上、私が言を継ぐことはできなかった。
私の唇は、景吾の唇で塞がれていた。