3章
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*十話:明日への勇気*
二人の会話を盗み聞きしていた私は、翔吾さんが帰ったのを確認してから、そろそろと歩き出した。
どうしてだろう。自信に溢れた景ちゃんの声を聞いて、もう大丈夫なんじゃないかと思えた。
モノクロだった世界に、色が戻った。
無音だった世界に、音が戻った。
私は広い廊下の窓から、久しぶりに月を眺めた。ここ最近、そもそも上を向いていなかったことに気付く。
「…………」
景ちゃんのことを受け止めると決めた学生時代のあの日。景ちゃんは窓をぶち破って、月光を背に私を抱きしめてくれた。
無理に誰かを選ばないと決めた2年前のあの日。私は景ちゃんを抱きしめて、月光に照らされながらこんな運命も悪くないかもしれないと思った。
……今も、そう。月明かりに照らされて、私は自覚してしまった。
きっともう、遅い。
私は景吾の甘い愛から離れられない。優しい手から逃げられない。年下で、生意気で、頼りがいのある優しい弟。そんな彼に、私の心は全部持って行かれてしまったらしい。
何だか全部景吾の思い通りになっているような気がして、苦笑しながらそっと自室のドアを開けた時。
「……希々」
そこにまさかの景吾がいて、瞬きを繰り返す。
「景ちゃん……? さっきまで迎賓室で話してたよね?」
景吾は愛しさを隠そうとしない熱い眼差しで、私に微笑む。髪を撫でられて、頬を擽られて、唇を指先で辿られる。
「景ちゃ、ん……っ?」
言葉を遮るように重ねられた唇が、角度を変えて何度も啄む。景吾にしては珍しいバードキスに、戸惑いつつ身を委ねた。
「ぁ……」
そのうち唇を割って、舌が絡め取られる。
「ん、……っ」
早々に貪るようなキスへと変わっていく。
私はくずおれないよう膝に力を入れて踏ん張った。
「けぃ、ちゃ、…………んっ、……?」
余すところなく咥内を刺激していく舌遣いが、何となくいつもと違う。
「希々……」
腰を抱き寄せられて、気付いた時にはやんわり動きが封じられていた。
「けぃ、ちゃん…………?」
景吾の指先が、脇や背筋を愛撫しながらそっと服を脱がせていく。
「っ!」
初めての感覚にぴくっと反応すると、宥めるように髪や背中を撫でられた。
優しい手つきに力が抜ける。
慣れない動きに肩が跳ねる。
かと思えば咥内を掻き乱すようなキスに、意識が散らされる。
「ん、……っぁ、」
逃げようにも、快感の逃がし方がわからない。
半ば夢現に混乱したまま、私はベッドに押し倒された。
「……っ、ふ、ぁ…………っ!」
もう、どちらの唇がどこまでなのかわからない。こんなキス、したことがない。
息は乱れ絡み合い、喉の渇きをどうにかしたくてお互いの唾液を吸い合う。擦られる舌が軽い痺れと甘い疼きを呼ぶ。
「んっ…………ぁ、ぅん、っ……は、ぁ…………っ」
深く激しい口づけは、呼吸だけでなく判断力を奪う。
気持ちが良くて、何も考えられない。いつの間にか下着姿になっていたけれど、不思議と恐怖はなかった。
「…………ぁ、ん…………っ」
ようやく唇が離れた頃には、指一本さえ動かせなくて。
「……希々」
優しい声に、うっすら目を開く。
「け……ぃ、ちゃ……?」
「希々、……愛してる」
綺麗なアイスブルーが、欲を宿して私を見る。それなのに声は、どこまでも穏やかで優しい。
「……本当に、綺麗な身体だな」
景吾の指先が、身体の輪郭をなぞる。
意図せず「ぁ……っ」と声が漏れた。
景吾は笑みを深くして、腰の辺りに手のひらを這わせた。
「それに、華奢だ」
「ゃ…………っ」
さっきから身体がおかしい。心地好いとも擽ったいとも違う、身体の奥底からの疼き。
「けぃ、ちゃ、」
「……何も言わなくていい。黙って俺だけ感じてろ」
「ひゃ、ぁ……っ!」
首筋から鎖骨を通って、鳩尾へ。キスが落とされる度に、声が漏れてしまう。初めての感覚は、熱くて熱くて。
「……あいつに何されても、俺が上書きしてやる」
脇から腰を通って太腿の内側へ、いくつもキスマークが付けられる。普段触れられることのない場所を柔らかな唇で吸われて、私はのけ反った。侑士くんのそれを消すように舌先が身体を辿る。
「――――っ!」
声にならない声が、喉から勝手に出るのだ。
私は膝を擦り合わせて、燻る快楽をどうにか軽減しようとした。
それなのに景吾はわざと、内腿や下腹部等敏感な場所に指を這わせるから。
頭がくらくらする。このままではおかしくなってしまう。
「……っ、……っ!」
身体を動かすことも忘れるほどの、長いキスと愛撫。
私はどうなってしまうのだろう。
景吾に抱かれるのだろうか。
ぞくぞくする快感が、怖い。でも、嫌じゃない。だって触れているのが、景ちゃんだから。
誰より大きな愛をくれる、景ちゃんだから。
――――景ちゃん。
「あ…………」
刹那。
私の身体から、強ばりが消えた。震えていた呼吸が落ち着きを取り戻す。
同時に余計な思考も消えて、素直な気持ちが顔を出した。私ははにかみながら、景ちゃんの瞳を見上げた。
「……希々……?」
「けぃちゃん、ぎゅって、して」
景ちゃんに、ぎゅってしてもらいたい。
私は全身の力を込めて、景ちゃんに抱きついた。
「、希々」
「景ちゃん、大好き」
「…………」
私の身体を愛撫していた指先が、ゆっくりと背中に回された。
息苦しいくらい強く抱き締められる。どうしてかわからないけれど、ひどく安心して涙が滲んだ。
「…………答えたくないことなら、答えなくていい」
景ちゃんは私を抱き締めたまま、耳元で囁いた。
「……忍足に、抱かれたのか?」
私は首を左右に振る。
「忍足のことが、……“好き”になったのか?」
私は同じ動作を繰り返した。
「…………あいつに何か、……脅されてる、のか?」
「…………」
私は無言で動きを止めた。
「……それは、…………俺に関すること、か?」
「…………」
何も、言えない。その通りだということも、景吾と侑士くんの仲を険悪にしかねないということも、言ってはいけない。
私は景吾に寄り添って、その唇を塞いだ。
景吾は動かなかった。私が限界まで、それこそ1分ほど唇を重ねていても、拒絶しなかった。
次は景吾からの柔らかいキスが降ってくる。唇を重ねて動きを止めるだけの、いつものキス。
「ん…………」
私は目を閉じて、その穏やかな快感に酔いしれた。
ふっと互いの唇が離れると、景吾は私の頬を両手で包んで苦笑した。
「…………姉貴が帰って来たの、知ってた。俺と榊翔吾の会話を聞いてたこともな」
「隠れてたのに……」
「……まぁ、気付いたのは途中からだ。どこから聞いてた?」
「翔吾さんが、侑士くんの連絡先教えて、ってすごい勢いで来たとこ」
景吾は「全部じゃねぇか」と言って笑った。
「……希々、俺の言葉、聞いてただろ?」
私はこくん、と頷いた。
「……本当は姉貴には知らせず行くつもりだったんだがな」
どこに行く、なんて訊くまでもない。
「……侑士くんのとこ……?」
「あぁ。それで、な。……頼みがある」
「…………なぁに?」
次いで放たれた台詞は、私の予想の斜め上を行くものだった。
「……希々の身体中に、俺の印を付けたい」
「…………へ?」
思わず真顔で瞬きを繰り返す。でも景吾の顔は真剣でどこか切ない。私は混乱したまま眼前のアイスブルーを見上げた。
景ちゃんの指先をきゅっと握ると、色気に溢れた熱い眼差しに射抜かれた。
「……明日、俺はあいつと話をつけに行く。上手く行ったら、聞いてほしいことがあるんだ。聞いてくれるか……?」
否と言う理由はない。首肯する私を緩やかに抱き寄せて、景吾は顔を伏せた。
「…………だが、上手く行かなかったら……本当に希々は、忍足のものになっちまうかもしれねぇ。だから、……明日への勇気をくれ」
それは珍しい、景ちゃんからの弱音だった。何をどう侑士くんと話すのかなんてわからなくても、景吾が上手くいかない可能性を口にする時点できっと博打なんだとは理解できる。
「景ちゃん…………」
下着に一切触らないのは、私を怖がらせないため?
綺麗な瞳を揺らして、それでも懸命に前を向く。誰よりも私を愛してくれた人。
ねぇ景ちゃん、知ってる?
私ね、私……。
“あいしてる”って言葉、景ちゃんのおかげで知ることができたんだよ。
景ちゃんのおかげで少しだけ、わかるようになったんだよ。
「……景ちゃん」
私は景吾の頭をきゅっと抱きしめた。きっとこの気持ちが、“いとおしい”。
「…………景ちゃんなら、いいよ。でも恥ずかしい声出ちゃうから、クッション使っていい……?」
騒音公害になることを恐れる私とは逆で、景吾は少し意地の悪い顔をして笑った。
「却下だ。希々の感じてる声もやめろと懇願する声も、耐える声も……俺は全部聞きたい。全部俺のものにしたい」
「…………っ!」
どくん、と胸が音を立てる。気のせいなんかじゃない。私、ドキドキしてるんだ。
「あ、んまり……激しくしないでね」
「悪いが今日は加減できそうにねぇ」
「えぇえ、じゃあ明日に、……――っ!」
いつもより長く求められる口づけに、腰が痺れる。
力の入らない身体にそっと触れる指先。首筋から始まり、脇も鳩尾も背中も流れるようなキスと共に柔く吸われる。そのたび漏れる声を、何とか押し殺した。
私の脚なんて汚いだけだよ。
そんなことねぇよ、どこも綺麗だ。
目眩さえ覚える甘いやり取りに、呼吸は荒くなるし恥ずかしくて顔は赤くなるし、もう羞恥心が限界だった。
「も、けぃご…………っ! 限界……っ」
「…………もうちっとだけ、勇気くんねぇか……? なぁ、姉貴…………」
こんな時だけ上目遣いでそんな呼び方をするなんて、本当にこの子はどこまで自分の魅力を利用するつもりなんだろう。
涙目の私を見て悪戯っぽい笑みを浮かべた一瞬を、確かに見た。
「……っ景吾の、ばか……」
「……言ったろ? 誰よりも、何よりも……愛してる」
『――――手段を選ばなければ、俺はあいつと話ができる。跡部の家だろうがこの国の警察司法行政全てだろうが、何を使ってでも……何を敵に回してでも、蹴りをつけます』
景ちゃん、無理しないで。絶対無事に帰ってきて。