3章
夢小説設定
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*八話:蚊帳の外*
俺がプロポーズをした日以降、希々からの連絡はぱたりと途絶えた。
最初はこれも彼女が心を整理するのに必要な時間だと思い耐えていたが、一週間連続で彼女の夢を見ている時点で限界を悟った。
『翔吾さん!』
あの声を聞きたくて仕方ない。
一週間我慢したんや。声くらい聞いてもバチは当たらへんやろ。
内心言い訳をしながら、スマホを操作する。深呼吸を一度して、久しぶりに“跡部希々”という名前に通話をかけた。
数回のコールの後、愛しい声が聞こえる。
『……はい』
久しぶりの会話に、思わず胸が詰まった。平静を装って切り出す。
「……っいきなり電話かけてすまんな。別に用があるとかそういうわけやないんやけど、……ちょっと希々ちゃんの声聞きたなってしもて」
『そう…………なんですか? 私、……しばらく翔吾さんに連絡してなかったから、嫌われちゃったのかと思ってました』
申し訳なさそうな声色だった。
「何でやねん。希々ちゃん何も悪いことしてへんやろ。気まずくなったんは俺がプロポーズしたからや。……原因は俺やって、わかっとるよ」
『原、因……ですか。…………翔吾さん、私………………』
ふと、そこで言葉が途切れた。
彼女にしては珍しく、躊躇うでもなくこちらを気遣うでもない静寂が訪れる。
彼女を待つべきか俺が話題を切り出すべきか迷ったが、ここで沈黙に支配されるのは、やはり怖かった。
「……っ答え、すぐやなくてええから。けど…………今までみたいに、また会うてくれへん? 手なんか出さへん。約束する。俺……希々ちゃんに会いたい」
画面越しに、希々は軽く息を飲んだ。
『……私も…………翔吾さんに会いたいです』
瞬く間に喜びが俺を支配する。
しかし次の瞬間、俺は予想外の台詞に言葉を失った。
『……私が、もう侑士くんのものでも……会ってくれますか?』
「……は…………?」
『……ふふ。そんなお人好し、いませんよね。ごめんなさい、翔吾さん。私…………侑士くんと結婚します。……さよなら』
泣きそうな声と共にぷつり、と途切れた通話。突然もたらされた情報量に、頭が追いつかない。
忍足侑士。あの眼鏡のガキが医大に就職したことは知っている。希々との会話で知った。
希々は忍足侑士のことを、頼りになる相談相手だと言っていた。だが、奴が希々にとっての“大事な人”でないことは数年前に確認済みだ。
なのに、“大事な人”とではなく、忍足侑士と結婚?
悲しそうな声も、諦めたような台詞も、凡そ彼女らしくない。
「……っ」
俺はもう一度通話を試みたが、繋がらなかった。
何となく、嫌な予感がする。
あんなに聞きたかったはずの彼女の声は、思い返せばいつになく平坦で元気がなかった。
希々は、何かに悩んでいるのではないか。俺からのプロポーズではなく、忍足侑士に関わる何かで。
希々が悩むのも諦めるのも、いつだって全ては“大事な人”を守るためだった。
もしかして忍足侑士は、希々の“大事な人”を知っているのではないか。それを盾に、希々に無理矢理婚約を了承させたのではないか。
「…………っ!」
憶測に憶測を重ねただけの暴論だ。
それでも、明らかに希々の様子はおかしかった。何が起きているのかはわからないが、プロポーズした俺が蚊帳の外だなんて話があってたまるか。
俺はジャケットを羽織って、車のキーをポケットに入れた。
秘書が呆れ顔で茶化してくる。
「跡部さん案件ですね。幸い今日会食はありませんから、気が済むまでアタックしてきてください」
「……っおおきに!」
俺は有能な秘書にその場を丸投げして、跡部邸へと車を走らせたのだった。