3章
夢小説設定
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*六話:罰*
……頭が痛い。
ズキズキと軽く痛む頭に手をやりながら、目を開く。
「……あ、ようやく気付いたん? 希々さん」
「……侑士くん!?」
不意に聞こえた声に、私は飛び起きた。
何故目の前に侑士くんがいるのか、どころではない。ここはよく相談に乗ってもらっている、侑士くんの家だ。何故私はこの家にいて、しかもソファで寝ているのか。
思い出そうとしても記憶がない。
「私……何でここに……?」
「あいさんが連れて来てくれたんです。覚えてへんやろ、希々さん」
私が混乱している間にも、侑士くんはてきぱきと水の入ったグラスを渡してくれる。
「とりあえず、水飲んでください。アルコール分解すんのにどんだけ水が要るか、わかってます?」
景ちゃんのいない所で羽目を外してしまったらしい私にできることは、ただ謝ることだけだった。しかも迷惑をかけた相手が侑士くんだなんて。
私は侑士くんのお説教モードに、小さくなって頷いた。
「はい、あの……すみません…………。お水いただきます……」
「……まったく…………」
侑士くんはため息をついて、グラスを飲み干した私をそっと抱き寄せた。
「……跡部が希々さんに酒飲ません理由、嫌という程理解したわ」
「わ、私、何かしちゃった……!?」
「……いーえ。いつも跡部とどんなキスしてるんか教えてくれただけです」
「!?」
酔った私は何をしでかしたのだろう。これは本気で土下座すべきかと青くなる。そんな私を見て、侑士くんは何とも言えない苦笑を浮かべた。
「……冗談です」
「じょ、うだんか…………よかったぁ……!」
ほっとして力が抜けた。
侑士くんが私から離れて二杯目のグラスを渡してくれる。冷たいその水を飲み干して、ようやく一息ついた。
「……で? いつもは跡部の居らんとこでは酒飲まん希々さんが記憶なくして酔うなんて、何があったんですか?」
「…………う、ん」
久しぶりに大学時代のクラスメイトと集まった同期会。ミスコンや昔の思い出話をしていたところまでは覚えている。ただ、近況報告になった時、私は何と言えばいいかわからなかったのだ。
弟と二人で生きていくかもしれません。
知り合いにプロポーズされました。
……言えるわけがない。
結果、どうやら私はお酒に走ったらしい。
「……景ちゃんのことをみんなに言えなくて、……だからと言って翔吾さんにプロポーズされて悩んでるなんてもっと言えなくて。……困ってお酒に逃げたみたい、です……」
景ちゃんは言った。翔吾さんを選ぶなら、そこに景ちゃんがいなくても私は幸せだと笑えるのか、と。
翔吾さんのことは好きだ。大切な兄のような存在だと思っている。
でも私は、結婚したいわけではない。私にとっての幸せは、結婚ではない。
「……景ちゃんがね、言ったの。翔吾さんと結婚するなら、そこに景ちゃんはいないけど……それでも私は笑えるのか、って。…………景ちゃんと翔吾さんを天秤にかけるみたいで嫌だけど、私…………」
私の中でまとまりかけていた結論を言おうとした、瞬間。
「――――翔吾さんにプロポーズされたんですか」
聞いたことがないほど低い侑士くんの声に、私はびくっと肩を震わせた。
「……う、ん…………された、よ…………でも、」
「断って跡部を選ぶんですか」
遮るように、侑士くんは言葉を重ねる。
「……だって、景ちゃんは……ずっと私の傍にいてくれて、……ずっと愛して、くれて、」
「――さっき我慢せんとけばよかった。既成事実でも何でも作っておくべきやった。こない大事なとこでタイミング逃すから、俺はいつも“ええ後輩止まり”なんやね」
侑士くんの藍色の瞳が、やけに昏く見えた。
無意識にソファから立ち上がろうとした私の腕を掴んで、侑士くんは強い眼差しをぶつけてくる。
「希々さん、俺と結婚して。俺だけのものになって」
「…………、え……?」
侑士くんが眼鏡を外す。
「侑士く、」
「なってくれへんのやったら、俺、翔吾さんに希々さんと跡部のことバラすわ」
「………………え…………?」
頭が追いつかない。
侑士くんは私をソファに押し倒して、荒々しく唇を奪う。
「ゃ…………っ、ん…………っ!?」
ブラウスの裾が捲られ、素肌に直接触れられて目を見開いた。身体を捩っても逃げられない。咥内に舌が押し入れられる。
「ゃだ、やめ……っんん…………っ!」
景ちゃんとは違うキスに、足をじたばたさせて抗う。
こんなこと、侑士くんにされたことはなかった。
舌に歯を立てられる。首を左右に振りたくてもかなわない。と思えば、景吾みたいに舌の付け根から吸い上げられて、一瞬動きを止めてしまった。
「……希々さんの好きなキス、もっと教えて」
「ぁ……ん…………っ」
強弱をつけて吸われる舌に、身体は反応してしまう。そのうち慣れ親しんだ景ちゃんのキスに似てきて、力が抜けていくのがわかった。
駄目だ、逃げないと。そう思うのに、足に力が入らない。
「ゆ、……っしく…………っ!」
違う。ここで逃げたって何も解決しない。こんな無理矢理な行動に至った理由を、聞かないと駄目だ。侑士くんの話をちゃんと聞かないと。
「待っ、侑士くん、待って……!」
「何を待つんですか? 永遠に変わらん希々さんの気が変わるのを? 冗談やろ」
「……っ!」
キスが深くなる。言葉諸共飲み込まれていく、呼吸。
腰をなぞる大きな手のひらに、思わず悲鳴が漏れた。
「ゃあ……っ!!」
嫌だ。怖い。
対話を試みようとする私とは真逆に、侑士くんは何も話したくないみたいだった。
景吾に触れられても怖くない。景吾は私を怖がらせないと知っているから。景吾は私を抱かないと知っているから。
どこで勘違いしていたんだろう。景吾と同い年で私の相談相手。でも侑士くんは、弟じゃない。血なんて繋がってないんだから、何をされてもおかしくないのだ。
だけど、でも。
「……っや、ぁ…………っ!」
初めての恐怖に、初めての熱。必死に息をする私のブラウスは気付けばはだけていて、熱い舌が首筋に這わされる。両手が纏めて拘束されている状態では、できることなど限られていた。
「……っ」
怖くて怖くて、涙が溢れた。
全部夢だったらよかったのに、今が夢ならいいのに。早く覚めて。
怖い。
助けて、景ちゃん。
こんな侑士くん、知らない。
私はどこで答えを間違えたの。
景ちゃん、たすけて。
景ちゃん、助けて……!!
「……っ、ぉねが…………ゃめ、ゅ……っしく、」
「……もう会話に意味ないんで。黙っといてください」
唇が塞がれる。涙でぼやけた視界の中、明確な恐怖が背筋を駆け抜けた刹那。
プルル、プルル、
私のスマホが着信を告げた。しばらく出られない状況だとわかるとコール音は止み、今度は侑士くんのスマホがバイブ音を鳴らし始める。
「……ほんま、おかしいやろ。どんだけ実の姉に執着しとんねん」
「……っ!」
毒づきながら侑士くんはそのコールを無視した。助けを求めようとした私を抱きすくめ、侑士くんが小さく笑う。
「希々さん、跡部なら助けに来てくれると思た?」
「し……らないっ! やだ……離して!!」
下着がずらされて、生温かい舌が鎖骨から降りてくる。
「――――っ!!」
叫びは口づけに消され、くぐもった声が部屋に響いた。
もう、まともな思考なんてできない。涙を流しすぎて目が痛い。蹴りたくても足は動かせないし両手も拘束されている。
私はどうにかして首を左右に振りながら、無力な抵抗を続けた。こんなことになるなんて思わなかった。心が、絶望に閉ざされかけた時だった。
「取引、しましょ。希々さん」
唇だけ解放されて、会話が可能になった。震えて言葉を紡ぎ出せない私に、侑士くんは微笑みを浮かべる。
「希々さんが俺と婚約してくれるなら、俺は今すぐ希々さんのこと解放します。二度とこない無理矢理なことせぇへんって誓うし、こういうことも……希々さんが怖くなくなるまで、何年だって待ったるって誓います」
肩で息をする私の首筋に、跡が残される。
「跡部と一緒に居ってもキスしてもかまへんし、翔吾さんにも誰にもバラさへん。今まで通りどんな相談にだって乗ったるし、全力で希々さんを幸せにします。……希々さんには、いつも通りの生活が待ってます」
続く「でも」という声音は、私の知らない声だった。私が知っていると思い込んでいただけの、侑士くん。私の知らない侑士くんが、静かに私に二択を迫る。
「希々さんが俺と婚約してくれへんなら、俺はこのまま希々さんのこと無理矢理にでも抱きます。みんなに跡部と希々さんの関係もバラします」
「……っ」
「跡部のこと守れんくなりますよ、希々さん。……そんで、俺はもう二度と希々さんには会いまへん。姿消します。……はは。処女も失くして跡部も守れんくて俺とは永遠にさよならなんて……散々やね、希々さん。まぁ、こんな極悪人とならさよならできる方が本望かもしれへんけど」
あまりにも残酷な二択に、涙が幾筋も頬を流れ落ちた。
「……な、んで…………?」
優しかった侑士くん。私と一緒に秘密を共有してくれた侑士くん。その彼に脅迫されている今の事態が飲み込めない。飲み込みたくない。
侑士くんは、とめどなく溢れる私の涙を唇で拭ってくつくつ笑う。
「俺がいつも出遅れる理由、わかったんです。俺に足りなかったんは――希々さんに選ばれるか嫌われるかどっちかになることを、受け入れる覚悟や」
「そ、んな覚悟、なんて、」
「せやから選んで? 希々さん」
耳元で、喪失の音がした。
「俺に抱かれて秘密もバレて、跡部と引き離されて二度と俺にも会われへんようになるか…………俺と婚約して俺のものになる代わり、綺麗な身体と今の生活を守るか……」
ああ、
「選んで? 希々さん」
これが罰か。