3章
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*三話:初めてのプロポーズ*
美味しいフレンチのコースに舌鼓を打ち、デザートを食べ終わったタイミングだった。ずっと険しい表情だった景ちゃんの肩がぴくっと動いた。
「? 景ちゃ、」
声をかけようとした瞬間、私たちとレストランの人しかいなかったフロアの灯りが、ふっと消えた。
「!?」
停電かと焦りかけた私は、しかし次々と灯されていくキャンドルの炎に言葉を失う。
何が起きているのかわからず困惑する私に、落ち着き払った翔吾さんが歩み寄ってくる。シルバーのスーツは、光の具合で白いタキシードに見えた。
「翔吾さん…………?」
王子様みたいに跪いて、翔吾さんは私の手を取る。
徐にポケットから取り出した小さなリングケースを開いて、彼は私の知らない表情で言った。
「希々ちゃん、俺と結婚してください」
「……………………え……………………?」
一瞬、聞き間違えたのかと思った。でも、翔吾さんの顔は見たことがないくらい真剣で、指輪のダイヤモンドがキャンドルの光に反射してきらめいている。
触れ合っている指先が冷たくて、彼の緊張が伝わってきた。
「…………っ!」
一気に心拍数が上がる。
待って、これは夢じゃない。
だけど、プロポーズなんてされたことがない。
対応の仕方がわからない。
「……、…………っ」
景ちゃんがふざけて二年前に言ったことが、まさか今目の前で実際に起きるなんて誰が想像しただろう。
「……っ、」
私は固まったまま、翔吾さんの目を見つめ返すことしかできなかった。
この指輪を受け取ってしまったらYesと言うことになるの?
受け取らないとどうなるの?
お付き合いしている相手ではなくても婚約は成立するの?
私が結婚?
正直、からかわれているのではないかと疑った。恋愛の知識が乏しい私でも、世間一般の結婚の流れはわかる。お見合いにせよ両思いのカップルにせよ、まずは『恋人』になって愛を育んで、この人と結婚したいと思った時に出てくるのが『プロポーズ』、のはずだ。
翔吾さんは正気なのか。“好き”がわからない私は、彼と正式にお付き合いすることができなかった。好きだと言われたのに、答えを渡すこともできなかった。そんな私と、結婚?
何をどう血迷ったらこの結論に至るのかまったくわからない。
「…………っ」
呼吸が上手くできなくなる。生まれて初めてのプロポーズなのに、喜びどころか不安が膨らんで涙が滲んだ。
そんな私の背に、ふわりと温かい手が添えられた。
「……榊さん。あなたは姉貴の恋人ですか?」
――景、ちゃん。
「……残念ながら、ちゃうよ」
「……こういう話は正式な手続きを踏んで、家を通してすべきなんじゃないですか?」
声が出ない私の代わりに、景吾が冷静に受け答えしてくれた。その心強さに、滲んだ涙が一筋頬を伝った。ぐっと唇を噛み締めて、現実と向き合うために顔を上げる。
翔吾さんはリングケースを私の膝に乗せて立ち上がった。キャンドルの炎が揺らめく中、景吾と対峙する。
「本来ならそうするわ。俺かて何の考えも無しにこない乱暴なことせぇへんよ」
「どんな考えがあるんですか?」
景吾は溢れそうな敵意を何とか理性で抑えている。緊迫した声音でそれがわかった。私の背に置かれた手のひらが微かに震えている。対する翔吾さんはどこまでも穏やかだった。
「前提として、恋愛感情がわからん希々ちゃんと恋人になるんは不可能や。世の中いろんな人が居る。その他大勢がどうだか知らんが、俺が愛してるんは跡部希々さんや」
「……っでも、順序ってものがあるでしょう」
翔吾さんは寂しそうに微笑んだ。
「……恋人の期間がなければプロポーズしちゃあかんなんて、誰が決めたん?」
「っ!」
景ちゃんが息を飲んだ。
「……本来ならご両親に挨拶したかったんやけど、敢えてせんかった」
翔吾さんの声にも表情にも、動揺は微塵も見られない。彼は覚悟をしていたのだとわかって、胸が痛む。
「何より先にまず、希々ちゃんの意思を知りたかってん。すんなりOKがもらえるとは思ってへんかったけど、迷ってくれるなら可能性はある。まぁその場で断られたら、そもそも俺がご両親に会う理由はなくなるしな」
「……どうして俺を呼んだんですか」
翔吾さんは目線を私に移した。愛おしいものを見る眼差しに、いよいよ冷や汗が背を伝う。
「……希々ちゃんは恋愛感情がわからんこと、ご両親に言うてへんかもしれんかったからや」
「――――」
私の心臓が、どくん、と音を立てた。
「希々ちゃんの見合い話握り潰してるんが景吾くんやって聞いとったから、景吾くんは知っとると思った。せやから、今日は景吾くんにお願いしたくて呼んだんや」
翔吾さんは、景吾に深く頭を下げた。
「景吾くん。希々ちゃんがOKしてくれたら、大事な姉さんを俺にください」